国会の議決によらずに成立した「法律」

 「法律」とは、何か。


 憲法の教科書や法律用語辞典では、通常、次のような定義づけが行われている。


 すなわち、「一般に、広く国民の権利・義務にかかわる法規範を指す場合があり、これを実質的意味の法律という。これに対して、国会の議決によって成立する成文法を指す場合があり、これを形式的意味の法律という。」(野中・中村・高橋・高見著『憲法Ⅱ』(有斐閣)336頁。ゴシック体:久保)。


 これは、憲法学を学んだ者にとって、伊呂波の伊(いろはのい)であって、「何をいまさら」と云われそうだ。


 もちろん、日本国憲法の解釈として、この定義が間違いだというわけではない。


 しかし、「国会の議決によらずに成立し、日本国憲法上効力を有する「法律」がある」と言ったら、どうだろうか。


 「そんなバカなことがあるか!日本国憲法第41条・第59条を読め!」と思われるかも知れないが、実は、あるのだ。

 悉皆(しっかい)調査をしたわけではないが、かかる指摘をした人は、私以外にいないのではなかろうか。実益のないお話しなので、誰も指摘しないだけだろうが。


cf.1日本国憲法

第四十一条 国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。

第五十九条 法律案は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、両議院で可決したとき法律となる。

② 衆議院で可決し、参議院でこれと異なつた議決をした法律案は、衆議院で出席議員の三分の二以上の多数で再び可決したときは、法律となる。

③ 前項の規定は、法律の定めるところにより、衆議院が、両議院の協議会を開くことを求めることを妨げない。

④ 参議院が、衆議院の可決した法律案を受け取つた後、国会休会中の期間を除いて六十日以内に、議決しないときは、衆議院は、参議院がその法律案を否決したものとみなすことができる。


 さて、明治14年(1881年)10月12日、明治天皇は、国会開設の勅諭(ちょくゆ)を発せられ、明治23年(1890年)を期して、議員を召して国会を開設することを言明なさった。


 そして、明治18年(1885年)12月に太政官制が廃止されて内閣制が採られ、翌年の明治19年(1886年)に「公文式」(明治十九年二月二十六日勅令第一號)が発せられた。

 「公文式」は、フランチャイズ学習塾「公文式(くもんしき)」ではなく、「こうぶんしき」と読む。笑


 この「公文式」の画期的な意義は、「公文式」以前には、明治維新政府が「仰」・「沙汰」・「布告」・「布達」・「達」といった様々な発令形式で法令を発していたのを、「公文式」以降、国家制定法を「法律」と「命令」に二分した点にある。

 これが現在の「法律」と「命令(法規命令)」の区分の淵源(えんげん)だ。

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2944006/1

 この「公文式」を前提に、明治19年(1886年)、初めて「法律」という形式で制定された成文法が「登記法(明治十九年法律第一號)だ。


 ところで、明治22年(1889年)に制定された大日本帝国憲法第6条・第37条・第38条では、法律は、帝国議会(国会)の議決・協賛を経て天皇の裁可によって制定するものと定められている。

 大日本帝国憲法に基づいて、帝国議会(国会)が開会されたのが明治23年(1890年)11月29日だから、明治19年制定の「登記法」は、国会の議決によらずに成立した最初の「法律」でもあるのだ

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2944160/1

cf.2大日本帝国憲法

第六条 天皇ハ法律ヲ裁可シ其ノ公布及執行ヲ命ス

第三十七条 凡テ法律ハ帝国議会ノ協賛ヲ経ルヲ要ス

第三十八条 両議院ハ政府ノ提出スル法律案ヲ議決シ及各々法律案ヲ提出スルコトヲ得


 このように「公文式」が発せられた明治19年2月26日から帝国議会が開会される明治23年11月29日までの間に、国会の議決によらずに制定された法律が147本ある。

 このうち、現在でも効力を有するものが「決闘罪ニ関スル件」(明治二十二年法律第三十四號)だ

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2945203/1

 日本国憲法第98条第1項は、「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。」と定めており、戦前の法令は、その内容が日本国憲法に反し 違憲でない限り効力が存続するものと解されているため、「決闘罪ニ関スル件」も効力を有すると考えられているわけだ。

 e-Gov法令検索にも「決闘罪ニ関スル件」が登載されている。

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=122AC0000000034_20150801_000000000000000&keyword=%E6%B1%BA%E9%97%98%E7%BD%AA

 

 以上を前提に、形式的意味の法律を厳密に定義しようとすれば、「国会の議決によって成立する成文法を形式的意味の法律というが、例外的に、「公文式」(明治十九年二月二十六日勅令第一號)が発せられた明治19年2月26日から国会(帝国議会)が開会される明治23年11月29日までの間に、国会の議決によらずに成立した「法律」の中には、日本国憲法上なお効力を有するものがある。」という風にせねばなるまい。


 如何だっただろうか。本当だったでしょ?笑


 なお、「決闘罪ニ関スル件」(明治二十二年法律第三十四號)のように「題名」がない場合には、便宜上、公布文の「決闘罪ニ関スル件」を名称としており、これを「件名」という。

 「題名」は、法令の一部なので、これを公用文に引用する際には、正確に引用しなければならないのに対して、「件名」は、便宜上の呼び方にすぎないので、公布文が文語体・片仮名であっても、これを引用する際には、口語体・平仮名でもよいし、また、例えば、「決闘法」という風に省略して引用することもできる。


 「決闘罪ニ関スル件」制定の経緯については、参議院法制局がわかりやすく説明しているので、ご興味のある方はご覧いただきたい。

 決闘は、古代ゲルマン人の私闘(私戦・自力救済。Fehdeフェーデ:原意は敵対)に由来することについては、以前、このブログでも述べたので、繰り返さない。

 気分転換に、lawではなく、Franky LaineのRawhide(1959年)をどうぞ♪

raw生のhide皮、すなわち「生皮(きかわ)の鞭(むち)」というタイトルのテレビ西部劇の主題歌。ブレイクする前の若きクリント・イーストウッドも出演している。

 なお、受験生には、この歌を聞かせてはならない。ナーバスになっている受験生には、「浪人、浪人、浪人」に聞こえるからだ。

The Blues BrothersのRawhide(1980年)も♪

この映画は、アメリカの庶民の風俗習慣が分かるし、何よりも馬鹿馬鹿しくて笑える!















 

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