守秘義務の謎について、以前述べた。今日は、守秘義務に関する諸論点について、愚見を述べようと思う。
1 秘密を漏らす
さて、まずは、おさらい。
地方公務員法第34条第1項には、「職員は、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。 その職を退いた後も、また、同様とする。」と定められている。
行政に対する信頼を確保し、情報の取得を確実にする趣旨だと言われている(橋本勇『逐条地方公務員法<第2次改訂版>』学陽書房、636頁)。
ここに「秘密」とは、一般に了知されていない事実であって、それを了知せしめることが一定の利益の侵害になると客観的に考えられるものである(行政実例昭和30.2.18)。
如何なる事実が「秘密」に該当するのかということは、一定の利益、すなわち保護されるべき利益の社会的価値を判断して決めるほかはない。
本条の「秘密」と言えるためには、形式的に秘密の指定がなされているだけでは足りず、「非公知の事項であって、実質的にもそれを秘密として保護するに価するものをいう」と解されている(最決昭52.12.19)。
秘密を「漏らす」とは、「秘密」が一般に了知されていない事実であって、それを了知せしめることが一定の利益の侵害になると客観的に考えられるものである以上(行政実例昭和30.2.18)、「当該職員以外は了知していない事実、あるいは一部の特定の者しか了知していない事実を、ひろく一般に知らしめる行為または知らしめるおそれのある行為の一切をいう」と解されている(以上、橋本勇『逐条地方公務員法<第2次改訂版>』学陽書房641頁)。
以下述べることは、前掲書や晴山・西谷編『新基本法コンメンタール地方公務員法』(日本評論社)その他の地方公務員法の教科書の類には載っていないので、間違っているかも知れないから、鵜呑みにしないように!
2 課内外の秘密の共有
職員が職務上知り得た秘密を課内外の他の職員と共有することは、秘密を「漏らす」に該当するのか。
行政組織は、行政目的を達成するため、一体として活動するものである以上、職員がその担当業務を適切かつ円滑に遂行するために必要な範囲内であれば、連携を必要とする課内外の他の職員と秘密を共有することが認められて然るべきだ。
また、地方公務員法第34条は、一定の者に守秘義務を課して秘密の漏洩を防止するわけだから、「守秘義務とは、情報が一定の人的範囲の外に出ないことを保護しようとする法制度である」(園田寿「行政の保有する個人情報の保護ー刑事法的観点からー」)と言える。
従って、秘密を「漏らす」とは、秘密を知る正当な職務権限を有する者以外の者に広く一般に知らしめる行為又は知らしめるおそれのある行為をいうと解するのが相当だ。
そうすると、連携を必要とする課内外の他の職員には、その秘密を知るべき正当な職務権限があると考えられ、職員が職務上知り得た秘密を連携を必要とする課内外の他の職員と共有することは、秘密を「漏らす」に該当しない。
このように解したとしても、連携を必要とする課内外の他の職員にとっても、その秘密は、職務上知り得た秘密に当たるので、守秘義務の対象になるから、不都合はない。
これに対し、職員が連携を必要としない課内外の他の職員と秘密を共有することは、秘密を「漏らす」に該当する。
3 直属の上司への報告
職員が職務上知り得た秘密を直属の上司に報告することは、秘密を「漏らす」に該当するのか。
直属の上司は、部下である職員を指揮監督すべき職務権限を有しており、部下である職員には、「上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない」義務がある(地方公務員法第32条)。
直属の上司が部下である職員を適切に指揮監督して公務を円滑に遂行するためには、部下が直属の上司に報告することが必要なので、直属の上司には秘密を知る正当な職務権限があると考えられる。
従って、職員が職務上知り得た秘密を上司に報告することは、それが職務の遂行に必要である限り、秘密を「漏らす」に該当しない。
このように解したとしても、直属の上司にとっても、その秘密は、職務上知り得た秘密に当たるので、守秘義務の対象になるから、不都合はない。
4 首長への報告
職員が職務上知り得た秘密を直属の上司に報告することは、秘密を「漏らす」に該当するのか。
首長は、「当該普通地方公共団体の事務を管理し及びこれを執行する」権限(地方自治法第148条)や「その補助機関である職員を指揮監督する」権限を有する(地方自治法第154条)。
法令上、首長の権限に属する事務は、首長自らが事務処理することが建前となっているので、首長は、秘密を知る正当な職務権限があると言える。
また、「法令による証人、鑑定人等となり、職務上の秘密に属する事項を発表する場合においては、任命権者(退職者については、その退職した職又はこれに相当する職に係る任命権者)の許可を受けなければならない」と定められている(地方公務員法第34条第2項)。
「職務上知り得た秘密」(同法同条第1項)と「職務上の秘密」(同法同条第2項)は、広狭に違いがあるとはいえ、任命権者たる首長に許可権限が与えられているということは、首長が秘密を知る正当な職務権限を有することを前提にしていると考えられる。
そうだとすれば、首長がその権限に属する事務を遂行するためには、補助機関たる職員が首長に報告することが必要なので、職員が職務上知り得た秘密を首長に報告することは、それが首長の職務の遂行に必要である限り、秘密を「漏らす」に該当しない。
5 首長に地方公務員法上の守秘義務が課されていない理由
この点で問題となるのは、首長は、特別職であり(地方公務員法第3条第3項第1号)、特別職には、原則として、地方公務員法が適用されないので(地方公務員法第4条第2項)、首長に地方公務員法上の守秘義務(地方公務員法第34条)が課されていないことだ。
なぜ、首長には、地方公務員法上の守秘義務が課されていないのか。
自治体が保有する情報は、住民自治の観点から、いわば住民の共有財産だと言える。住民自治を実現し、行政を民主的にコントロールするため、住民には、自治体が保有する情報を「知る権利」があると解する(憲法第21条第1項)。
そこで、「当該普通地方公共団体を統轄し、これを代表」し(地方自治法第147条)、「当該普通地方公共団体の事務を管理し及びこれを執行する権限(地方自治法第148条)を有する首長は、その職務に関する情報を住民に公開し、説明する責任を負っている。
首長が説明責任を果たすために、究極の二択として、「職務上知り得た秘密」を公開せざるを得ない場合もあり得ることから、首長には、地方公務員法上の一般的・包括的な守秘義務が課されていないのだろう。
首長が説明責任を果たすためとはいえ、「職務上知り得た秘密」を公開したことが不適切だと判断された場合には、次の選挙で落選という形で政治責任を問われることになる。
他方で、首長が恣意的に「職務上知り得た秘密」を公開しないように、情報公開条例でこれを規制するとともに、個別の法令(ex.地方税法第1条第1項第3号・第22条、住民基本台帳法第44条・第50条、国民健康保険法第120条の2、生活保護法第85条の2)や条例で首長に守秘義務を課して、説明責任と秘密保護とのバランスを図っているので、首長が説明責任を果たすためとはいえ、「職務上知り得た秘密」を無制限に公開できるわけではなく、首長に地方公務員法上の一般的・包括的な守秘義務が課されていないからといって必ずしも不都合ではない。
首長が「職務上知り得た秘密」を違法に公開した場合には、個別の法令や条例で課された守秘義務に違反したとして処罰されることになる。
また、首長は、職務遂行上の必要があれば、補助機関たる職員に「職務上知り得た秘密」を報告するよう命令することができるが(地方自治法第154条)、首長が職務遂行上の必要がないにもかかわらず、補助機関たる職員に「職務上知り得た秘密」を報告するよう命令した場合には、地方公務員法第62条の「命じ」た者として、同法第60条第2号(守秘義務違反)と同様に処罰されることになる。
以上、地方公務員法の教科書等には載っていない諸問題について、思考実験してみた。くどいようだが、間違っているかも知れないので、鵜呑みにしないように。
ガリレオは、「人にものを教えることはできない。自ら気づく手助けができるだけだ」と言ったらしい。愚見がきっかけで、正しい解釈を導いてくれたらと思う。