「法律の素人が作った条例」?

 下記の記事によると、京都市内でごみのポイ捨てをした人を3万円以下の罰金に処する「京都市美化の推進及び飲料容器に係る資源の有効利用の促進に関する条例」が施行されて26年経つが、摘発はゼロだそうだ。

 

cf.1京都市美化の推進及び飲料容器に係る資源の有効利用の促進に関する条例(平成9年6月18日条例第12号)

(目的)

第1条 この条例は、都市の美化を推進し、及び飲料容器に係る資源の有効な利用を促進するため、飲料容器及び吸い殻等の散乱の防止並びに飲料容器の再生利用の促進(以下「飲料容器等の散乱の防止等」という。)に関し必要な事項を定め、もって、美しく、かつ、快適な生活環境の保全、国際文化観光都市としての良好な都市環境の形成及び地域経済の健全な発展に資することを目的とする。

(投棄の禁止)

 第7条 何人も、みだりに飲料容器及び吸い殻等を捨ててはならない

第29条 美化推進強化区域内において、第7条の規定に違反して、みだりに飲料容器又は吸い殻等を捨てた者は、30,000円以下の罰金に処する


 摘発ゼロなのは、警察は暇じゃないから、ポイ捨てをいちいち取り締まっていられないからだろう。


 私が関心を持ったのは、この記事に対する元検事/弁護士の荒木樹氏の下記のコメントだ。そのまま引用させていただく。

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地方地自体の罰則定めのある条例は、刑法その他の処罰規定との関係や、実際の捜査実務を無視して定められる例が少なくない。


地方自治法245条等を根拠に、地方自治体から、罰則のある条例を制定するにあたって、各地の検察庁に意見照会がされる場合がある。その場合は、検察庁は、意見書の提出も含めて、積極的に関与をする運用をしている。

ただし、このような運用は、法律上の義務ではない。


京都市のゴミのポイ捨てを禁止する条例については、廃棄物処理法との関係が問題となる。 廃棄物の不法投棄には、そもそも、廃棄物処理法が、5年以下の懲役または1000万円以下の罰金という、重い罰則がある。

条例が、3万円以下の罰金という、あえて法定刑の軽い処罰規定を定めた趣旨は不明であり、捜査現場として、非常に使い勝手の悪い条例である。


法律の素人が作った条例と言わざるを得ず、摘発事例がないのは当然である。

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 う〜ん、最後の一文は、非常に辛辣だ。この手厳しいコメントについて、京都市役所の法制課にご感想を伺いたいところだ。


 まず、荒木氏は、地方自治体の方から意見照会されるので、検察庁が積極的に回答しているようなニュアンスで述べておられるが、下記の盛岡地検の通知を見れば、逆であって、地方検察庁から自治体に事前協議を求めていると言える。


 次に、荒木氏は、廃棄物処理法を挙げた上で、「条例が、3万円以下の罰金という、あえて法定刑の軽い処罰規定を定めた趣旨は不明」だと述べておられるが、廃棄物処理法の目的と京都市美化の推進及び飲料容器に係る資源の有効利用の促進に関する条例の目的は、一部重複するとはいえ、微妙に異なることを無視ないし軽視しておられるように思われる。


 第三に、地方自治法上、条例違反者に対して科す行政刑罰の上限が決められており(同法第14条第3項)、廃棄物処理法第25条と同じ法定刑(五年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金)を定めたくてもできないことについて、触れられていない。


 第四に、おそらく京都市は、京都地検と事前協議を行なっているはずであり、京都地検から3万円以下の罰金について、Goサインをもらっていると思われるが、この点についても触れられていない。


 第五に、荒木氏は、「捜査現場として、非常に使い勝手の悪い条例である」と述べておられるが、「市は「ポイ捨てを抑止するという意味で『罰金』にした部分が大きい」(まち美化推進課)と「抑止力」を強調した。」と記事にあるように、京都市は、最初から取り締まりをするつもりがなかったのだから、使い勝手が悪いのは当然だ。

 京都市の条例よりも使い勝手が良いはずの廃棄物処理法に基づいて、警察が空き缶や吸い殻のポイ捨てを取り締まっているのか、と逆に捜査現場にお詳しい荒木氏に問いたくなる。

 京都市が、本気で取り締まりをしようと思ったら、他市と同様に、罰金ではなく、過料にしただろうが(実際、京都市も、路上喫煙禁止違反者に対して過料を課し、取り締まっている。)、取締に人手・時間・予算を割く余裕がないため、抑止力として前科がつく罰金にしたにすぎないと考えられる。

 悪質なケースについては、それこそ廃棄物処理法で警察に取り締まってもらえばよいと考えたのではないか。


 最後に、個人的には、京都市路上喫煙等の禁止等に関する条例第11条と、京都市美化の推進及び飲料容器に係る資源の有効利用の促進に関する条例第29条とのバランスが取れていない点に着目すべきだと考える。

 路上喫煙は、他人に火傷を負わせたり、副流煙による健康被害を与えたりする可能性があるから、他人の身体の安全や健康の方が街の美化よりも保護法益が重いはずだ。

 ところが、京都市路上喫煙等の禁止等に関する条例第11条は、路上喫煙等対策強化区域において路上喫煙等をした者を2千円以下の過料に処するだけなのに対して、京都市美化の推進及び飲料容器に係る資源の有効利用の促進に関する条例第29条は、美化推進強化区域内において吸い殻を捨てた者を3万円以下の罰金に処しており、一見すると、バランスを欠いている。

 しかし、これは形式論であって、おそらく行政の現場としては、人の身体の安全・健康に関わるからこそ、動いてくれない警察を頼らずに、市役所自らが取り締まりをするために、路上喫煙禁止違反者を過料に処すことにし、タバコで火傷を負わせたら、刑法第209条第1項の過失傷害罪(三十万円以下の罰金又は科料)で告訴してもらえばよいと考えたのではないか。

 限られた人手・時間・予算の中で、街の美化よりも人の身体の安全・健康を重視したからこそのアンバランスなのだと考えられる。


 以上、つらつら考えると、荒木氏は「法律の素人が作った条例」だとおっしゃるが(私はそうは思わない。)、実情をよく知っている自治体行政のプロが作った条例だと思う。

 

cf.2廃棄物の処理及び清掃に関する法律(昭和四十五年法律第百三十七号)

(目的)

第一条 この法律は、廃棄物の排出を抑制し、及び廃棄物の適正な分別、保管、収集、運搬、再生、処分等の処理をし、並びに生活環境を清潔にすることにより、生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図ることを目的とする。

(投棄禁止)

 第十六条 何人も、みだりに廃棄物を捨ててはならない

第二十五条 次の各号のいずれかに該当する者は、五年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する

 (中略)

 十四 第十六条の規定に違反して、廃棄物を捨てた者

 (以下、略)


cf.3地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)

第十四条 普通地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて第二条第二項の事務に関し、条例を制定することができる。

② 普通地方公共団体は、義務を課し、又は権利を制限するには、法令に特別の定めがある場合を除くほか、条例によらなければならない。

③ 普通地方公共団体は、法令に特別の定めがあるものを除くほか、その条例中に、条例に違反した者に対し二年以下の懲役若しくは禁錮、百万円以下の罰金、拘留、科料若しくは没収の刑又は五万円以下の過料を科する旨の規定を設けることができる


cf.4京都市路上喫煙等の禁止等に関する条例( 平成19年6月1日条例第2号)

(目的)

第1条 この条例は、路上喫煙等の禁止等により、路上喫煙等による身体及び財産への被害の防止並びに健康への影響の抑制を図り、もって市民及び観光旅行者その他の滞在者(以下「市民等」という。)の安心かつ安全で健康な生活の確保に寄与することを目的とする。

(路上喫煙等対策強化区域における路上喫煙等の禁止)

第6条 何人も、路上喫煙等対策強化区域において路上喫煙等をしてはならない

(罰則)

第11条 第6条の規定に違反した者は、2,000円以下の過料に処する


cf.5刑法(明治四十年法律第四十五号)

(過失傷害)

第二百九条 過失により人を傷害した者は、三十万円以下の罰金又は科料に処する

2 前項の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。






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