義勇兵に志願すると私戦予備・陰謀罪?

 2月27日、「ロシア軍の侵攻を受けるウクライナのゼレンスキー大統領は、海外の志願者で成る「国際」外国人部隊を編成すると表明した。」

 在日ウクライナ大使館が、このゼレンスキー大統領の呼びかけを日本語でTwitterに上げ、3月1日時点で約70人の日本人が応募したそうだ。

 ところが、3月2日には、すでにこのTwitterの投稿が削除されたそうで、共同通信によると、「日本では義勇兵の募集に応じると、私戦予備・陰謀罪に当たる恐れがあることが削除の背景とみられる」とのことだ。

 「義勇兵に志願すると私戦予備・陰謀罪に当たるおそれがあるなんて、嘘だ!アホか!どうせよくあるロシアのプロパガンダだな。」と思って、スルーしていたのだが、たまたまテレビを見たら、この嘘を広めていたので、一応、ブログに書いておこうと思う。


  まず、私戦予備・陰謀罪は、刑法第93条(cf.2)に定められている。これは、もともと明治13年に制定された旧刑法に定められた第133条(cf.1)に由来する。

 幕末に幕府の命令を無視して行われた薩摩藩の対英戦争(1863年)や長州藩の対英米仏蘭艦隊との戦争(1863年~1864年)を念頭に置いて、交戦権が認められた国家以外の私人による外国との私的戦闘を禁止する趣旨だ。


 cf.1刑法 (明治十三年太政官布告第三十六號)

第百三十三條 外國ニ對シ私ニ戰端ヲ開キタル者ハ有期流刑ニ處ス其豫備ニ止ル者ハ一等又ハ二等ヲ減ス


cf.2刑法(明治四十年法律第四十五号)

(私戦予備及び陰謀)

 第九十三条 外国に対して私的に戦闘行為をする目的で、その予備又は陰謀をした者は、三月以上五年以下の禁錮に処する。ただし、自首した者は、その刑を免除する。


 次に、刑法第93条について確認するとしよう(大塚仁『刑法概説(各論)[改訂増補版]』(有斐閣)参照)。

 本罪は、目的犯であって、外国に対して私的に戦闘行為をする目的を必要とする。

 「外国」とは、国家としての外国をいい、外国の一地方、または特定の外国人の意味ではない。

 「私的に戦闘行為をする」とは、国の命令によらずに勝手に戦闘行為を行うことをいう。「戦闘」とは、武力による組織的な攻撃防御をいう。

 「予備」とは、実行の着手以前の段階における犯罪の準備行為をいう。兵器の用意、兵糧の調達、人員の招集などがこれに当たる。

 「陰謀」とは、私戦の実行を目指して、二人以上の者が互いに犯罪意思を交換して謀議を行うことをいう。

 法定刑が「禁錮」とされているのは、確信犯的行為を考慮したものだ。

 予備・陰謀のみが処罰され、未遂・既遂を罰する規定がないのは、独自の軍事力を有する薩摩藩や長州藩などがなくなり、現実問題として、私人が外国と戦争を行うことがあり得ないと考えられたからだ。


 さて、これが非常に大切なことなのだが、刑法第93条は、国内犯を処罰する規定だから、薩英戦争のように、日本国内で外国に対して私的に戦闘行為をすることが暗黙の大前提になっている

 従って、日本国民がウクライナでロシアに対して戦闘行為をする目的で、その予備又は陰謀をすることは、そもそも刑法第93条の射程の範囲外なのだ


 この点、テロ組織イスラム国(ISIL)の戦闘に加わろうとしたイスラム研究者で元同志社大学教授の中田考氏、フリージャーナリストの常岡浩介氏、元北海道大学の学生、千葉県の男性、渡航呼びかけの張り紙を貼った書店関係者の男性の計5人が、平成26年(2014年)シリアに渡航を企てたということで、令和元年(2019年)7月、刑法93条違反で逮捕され、書類送検されたが、結局、不起訴に終わった。

 検察官が不起訴にした理由は、明らかにされていないが、おそらく警察の法解釈が間違っていると検察官が判断したからだと思われる。

 日本国民がシリアでシリア政府やクルド人などのイスラム教スンニ派以外の宗派及び他の宗教の住民等に対して私的な戦闘行為をする目的で、その予備又は陰謀を行ったとしても、そもそも刑法第93条の射程の範囲外なので、刑法第93条で処罰することはできないからだ。

 テロリストになろうとする連中は、道義的に許されないが、だからと言って刑法の解釈を歪めて起訴することが許されるわけではなく、不起訴にした検察官の判断が正しい。


 また、ウクライナは、国際法である国連憲章第51条に基づいて、ロシアの侵略に対して個別的自衛権を行使して自衛戦争をしているのだから、これは私戦ではなく、公戦だ

 従って、日本国民がウクライナが編成した国際外国人部隊に参加して、ウクライナでロシアに対して戦闘行為をすることは、「私的に」戦闘行為をすることには当たらないのだ


cf.3国連憲章

第51条 この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持又は回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。

 以上より、「日本では義勇兵の募集に応じると、私戦予備・陰謀罪に当たる恐れがある」というのが真っ赤な嘘であることが明らかになったと思う


 なお、刑法がどの場所で犯された犯罪に対して適用されるか(刑法の場所的適用範囲)については、刑法は、何人(なんぴと)を問わず、日本国内において罪を犯した者に適用されることを基本としながら(刑法第1条第1項、属地主義)、日本国外で、放火や殺人など一定の犯罪を犯した日本国民に適用されることになっている(刑法第3条、属人主義)。

 しかし、日本国外で私戦予備・陰謀罪を犯した日本国民に刑法第93条を適用する旨の規定はないから(余談だが、国民の国外犯には、予備罪・過失犯が含まれないので、いちいち条文を確認しなくても直ぐに分かる。)、日本国外で私戦予備・陰謀罪を犯した日本国民には、刑法第93条が適用されず、不可罰となる。



 そもそも義勇兵に志願した自国民を処罰したなんて馬鹿げた話を聞いたことがない。

 ほんの一例だが、1936年〜1939年のスペイン内戦には、小説家のヘミングウェイやジョージ・オーウェルが義勇兵として参加し、のちにヘミングウェイは『誰がために鐘は鳴る』(新潮文庫)を、ジョージ・オーウェルは『カタロニア讃歌』(岩波文庫)を書いているが、いずれも処罰されていない。

 第一次世界大戦で、イギリス領カナダ西岸で人種差別を受けながら暮らしていた日本人約200名が日本人の地位向上のためにもなればと考えて、義勇兵としてカナダ軍に参加して、フランスで勇敢に戦ったが、これらの日本人は、刑法第93条の私戦予備・陰謀罪として処罰されていない。

 第二次大戦後、残留元日本兵約3000人がインドネシア独立戦争に義勇兵として参加したが、いずれも刑法第93条の私戦予備・陰謀罪として処罰されていない。戦死した元日本兵は、「インドネシアの英雄」として英雄墓地に眠っている。


 余談だが、漫画・アニメ『キャンディ♡キャンディ』にも、発明好きのアメリカ人青年ステア(アリステア・コーンウェル・アードレー)が第一次世界大戦に義勇兵として参加し、騎士道精神に則って戦う空中戦で非業の最期を迎える場面が描かれていたから、『キャンディ♡キャンディ』に熱中した女の子ですら義勇兵の存在を知っていたはずだ(私は、妹から漫画『キャンディ♡キャンディ』を借りて読んだ。笑)。

 この漫画・アニメの流行当時よりもさらに日本の平和ボケが進行しているといえる。


 この義勇兵にも戦時国際法が適用されている。

 すなわち、1899年ハーグ平和会議で採択され、1907年第2回ハーグ平和会議で改正され、日本も1907年11月に批准している『陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約』(現在も有効だ。)は、締結国がその陸軍軍隊に対し、条約附属書の『陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則』に適合するよう訓令を発することを要求している(第1条)。

 この条約附属書『陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則』第1条第1項柱書きには、not only to armies but also militia and volunteer corpsとある。

 現代日本人ならば、安直に「ボランティア部隊」、「無料奉仕兵団」、「志願兵団」とでも訳すだろう。

 しかし、明治政府は、『論語』の為政第二の「見義不為無勇也」(を見て為さざるはなきなり。「人として当然行うべき正義だと知りながら実行しないのは、勇気がないからである。」という意味。)の章句から、義を見てなさんとする勇ある部隊という意味で「義勇兵団」と翻訳している。

 volunteer corps「義勇兵団」と翻訳して誉め称えている明治政府が、義勇兵に刑法第93条を適用して処罰するなんて微塵も考えていないことは明らかだ。


cf.4陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約( 明治45年条約第4号)

条約附属書

陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則

第一条 戦争ノ法規及権利義務ハ単ニ之ヲ軍ニ適用スルノミナラス左ノ条件ヲ具備スル民兵及義勇兵団ニモ亦之ヲ適用ス

 一 部下ノ為ニ責任ヲ負フ者其ノ頭ニ在ルコト

 二 遠方ヨリ認識シ得ヘキ固著ノ特殊徽章ヲ有スルコト

 三 公然兵器ヲ携帯スルコト

 四 其ノ動作ニ付戦争ノ法規慣例ヲ遵守スルコト

民兵又ハ義勇兵団ヲ以テ軍ノ全部又ハ一部ヲ組織スル国ニ在リテハ之ヲ軍ノ名称中ニ包含ス

https://www1.doshisha.ac.jp/~karai/intlaw/docs/hc4.htm


 ネットで見つけた下記の記事にも、「ウクライナ大使館の募集に応じた場合に摘発等されるかどうかは不明ですが、シリアへの渡航準備で書類送検されていることを考えれば、摘発される可能性は捨てきれず、おすすめできる行為とは決していえません。」とある。

 執筆者の田上嘉一氏は、弁護士で陸上自衛隊三等陸佐(予備自衛官)だから、田上氏の言葉を信じる人がきっと多いことだろう。


 やれやれ本当に困ったことだ。。。田上氏の背後関係を知らないが(公安や自衛隊は、きっと調査しているはずだ。)、こういう記事やテレビなどによって、平和ボケした日本人から勇気までも奪い、腰抜けにされていくんだろう。。。


 




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