通勤手当への課税

 下記の記事によると、政府が通勤手当への課税を検討中なのだそうだ。

通勤手当に関する法制は、ちょっとややこしい。


 官民問わず適用される労働基準法第11条は、「この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。」と定義している。

 通勤手当は、通勤に要する費用(自宅と職場の往復に要する費用)を支弁するために支給される「手当」であり、「労働の対償」として使用者が労働者に支払うものである以上、労働基準法上の「賃金」に含まれる。


 ただし、最低賃金の実効的な効果を確保するため、最低賃金の対象となる賃金は、基本的 な賃金に限定する必要があることから、賞与や割増賃金など、いわゆる付加的な賃 金は、最低賃金法第4条第3項において、最低賃金の対象となる賃金から除外する こととしている。

 そして、最低賃金法第4条第3項第3号で除外される「当該最低賃金において算入しないことを定める賃金」については、各地方最低賃金審議会で最 低賃金を決定する際に、最低賃金の対象となる賃金からは精皆勤手当、通勤手当、 家族手当が除外されている。


 ところが、労働者が通勤に要する費用を使用者が負担すべき旨の法律はない。通勤時は、労働時間・勤務時間(=使用者の指揮監督下に置かれている時間)に含まれず、仕事をしていないからだ。

 したがって、自宅と職場の往復に要する費用は、原則として、労働者の自己負担なのだ。そのため、通勤手当を支給していない零細企業もある。

 

 社会慣行上、通勤手当を支給するのが当たり前になっているため、自宅と職場の往復に要する費用が、原則として、労働者の自己負担であることを知らない人が非常に多いが、就労規則や条例等に定めがある場合に限って、例外的に通勤手当が支給されるにすぎない。


 要するに、通勤に要する費用は、労働者の自己負担が原則だが、就業規則や条例等に定めがある場合に限って、例外的に通勤手当が支給される。

 使用者が通勤手当を支給する場合には、労働基準法上の「賃金」に含まれるけど、最低賃金法上の「最低賃金」には含まれないわけだ。


 そして、所得税法第9条第1項第5号は、「給与所得を有する者で通勤するもの(以下この号において「通勤者」という。)がその通勤に必要な交通機関の利用又は交通用具の使用のために支出する費用に充てるものとして通常の給与に加算して受ける通勤手当(これに類するものを含む。)のうち、一般の通勤者につき通常必要であると認められる部分として政令で定めるもの」を非課税とする旨を定めている。

 これを受けて制定された所得税法施行令第20条の2により、月15万円までは通勤手当は、非課税とされている。


 所得税法が一定の範囲内で(現在は15万円)通勤手当を賦課対象から外している理由については、下記が参考になる。

 「通勤手当については、昭和41年の改正前においても少額な現物給与は強いて追求しないとす る考え方ないしは勤務に伴う実費弁償的な性質を有する物であるとの考え方のもとに、従来か ら国税庁の取扱通達において一定の部分を課税しないこととされていたのであるが、この取扱 いにおいて一定の金額以下の部分を非課税とし、基礎控除の概念を取り入れていることは、免 税思想に通ずる少額不追求の考え方に即応していないこと・・・(略)等の理由から、これを 法制化すべきであるとする意見が従来から強かった。 また、昭和31年から国家公務員にも通勤手当が支給されることとなり、一般的に通勤用定期 乗車券ないしはこれの購入代価としての通勤手当の支給が社会慣行化されて給与所得者の殆ど がその支給を受けるようになった。(昭和41年の人事院調査では、全給与所得者のうちの89% が通勤手当の支給を受けている。)これらのことから、昭和41年の税制改正で、給与所得者に 対して支給される通勤手当は通勤に要する費用に充てられる実費弁償的な物と考え、一般の通 勤者について通常必要と認められる範囲内のものは非課税とすることを所得税法において明定 したものである。」(『コンメンタール所得税法』)


 政府は、「少額な現物給与は強いて追求しないとす る考え方ないしは勤務に伴う実費弁償的な性質を有する物であるとの考え方」を変更して、通勤手当に課税しようというわけだ。

 通勤手当に課税されたら、記事が指摘している様々な問題が生じることは、間違いない。

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