高校を卒業するまでは、原則として、テレビは1日1時間で、夜8時までだった。父の帰宅が遅い場合にはごく稀だが、夜8時に放送される『水戸黄門』・『大岡越前』・『銭形平次』などの時代劇や『8時だよ全員集合!』を見せてもらえた。
そのため、夜8時に放送され大ヒットした『3年B組金八先生』などのドラマは、リアルタイムで見たことがない。登校すると、学校中、昨夜のドラマの話で盛り上がっているのだが、当然のことながら話にはついていけない。だが、仲間外れにされることはなかった。みんな我が家のルールを知っていたからだ。私は、もっぱら聞き役に徹し、想像を膨らませて質問をするものだから、みんな喜んで話してくれたものだ。
ただ、母校でも、『3年B組金八先生』に感化されて、教師に反抗したり暴言を吐いたりしてもいいんだ、それがかっこいいことなんだと勘違いして、実際に教師に反抗したり、靴下のワンポイントを認めろと全校集会で大騒ぎしたりして、まるでドラマの登場人物にでもなったかの如く自分に酔いしれる馬鹿な連中が出てきた。母校はこの程度で済んだが、その後、エスカレートして校内暴力などが全国で発生して社会問題化した。当時、教育評論家がその原因をいろいろ分析していたが、全国の学校が荒れたのはこのドラマの影響だろうと醒めた目で見ていた私がいた。
評論家大宅壮一(おおや そういち)は、根っからのマルクス主義者だが、国を憂うる気持ちはあったようで、「一億総白痴化」という流行語を作り出した。本を理解するためには、能動的に、想像の翼を羽ばたかせ、思索しなければならないが、テレビは、受動的で、想像力や思考力を低下させるとマスコミを批判したわけだ。一理ある。
さて、中一のときだったと思うが、アレックス・ヘイリーの小説『ルーツ』を原作としたアメリカのテレビドラマ『ルーツ』(Wikipediaによると、全米平均視聴率44.9%)が放送されると大々的に宣伝されていた。夜8時から全八話連続放送されるという。アフリカで奴隷狩りに遭った黒人少年クンタ・キンテを始祖とする親子三代の物語だ。アメリカの奴隷のことは知っていたが、詳しいことは全く知らなかったので、両親に頼み込んで許しをもらい、家族で一緒に見た。
レイプシーンがあって非常に気まずい雰囲気になったことがあるが、大変丁寧な作りで、前提知識がない私でも十分に理解できたし、また、黒人差別を扱った社会派ドラマだから、決して愉快な話ではないが、次はどうなるんだろうかと毎回楽しみに見たものだ。幸い本については、お小遣いとは別に、いくらでも買って貰えたので(但し、学習漫画を除き、漫画は厳禁だった。)、放送後、原作(上記写真)も買って読んだぐらいだから、如何に感動したかが分かるというものだ。
今、アメリカミネソタ州で、黒人が白人警察官に首を押さえつけられて死亡した事件をめぐって、全米各地でデモや暴動が起きている。
ネットで何でも検索できる時代になったとはいえ、我々日本人にはアメリカの黒人問題は縁遠くて理解しづらい。
そこで、地上波でドラマ『ルーツ』をぜひ再放送して欲しいと思う。私と同年代前後の人にとっては懐かしいだろうし、それ以外の人にとっては非常に新鮮で有益だと思う。
ところで、中二の頃、母が、遊んでいた白人の男の子三人に声をかけたことがきっかけで、近所に住む白人のアメリカ人軍属一家(エンジニアの父・母・男の子三人の計五人家族)と家族ぐるみで付き合うようになった。関係者以外立ち入り禁止の横須賀にあるアメリカ海軍基地に何度も連れて行ってくれた。
基地内は、小さな備品に至るまで何もかもがアメリカ仕様で、別世界だった。昭和24年(1949年)から1ドル360円の固定相場制が続き、昭和49年(1971年)ニクソン大統領によるドルショック(ドルと金との兌換の一時停止)を経て、昭和51年(1973年)に変動相場制になったとはいえ、当時は海外旅行なんて夢のまた夢だったから、横須賀ベースに行くときは海外旅行気分だった。何故か円で買えた本場のハンバーガー、ホットドッグ、アイスクリームが美味かった。正午になると、国歌が流れ、軍人はもちろんのこと、非軍人もみんな一斉に立ち止まって星条旗に向かって敬礼していたのがとても印象的だった。というのは、当時日本の学校では、日の丸・君が代に反対する日教組教育が盛んに行われていたからだ。私たち家族は、米国に敬意を表するのが礼儀だと思って、「郷に入れば郷に従え」で米国式に右手を胸に当てて敬礼した。
夏のある日、横須賀のアメリカ海軍基地にあるプールに連れて行ってくれたのだが、驚いた。同じプールに入っているのに、白人と黒人が半々に分かれていたからだ。別にプール用コースロープで仕切られているわけではないが、きっちりと分かれていて、お互いに相手がまるで存在しないかの如く遊んでいた。
黄色人種である私はどちらで遊ぶべきなのか迷っていたら、それを察したのだろう、連れてきてくれた白人一家のお母さんが自分の子供たちが遊んでいる白人エリアで遊ぶようにと指差してくれて、目で黒人の方へは行かぬようにと合図していた。『ルーツ』を見て、知識としては知っていたが、この時、初めてアメリカの黒人問題を肌身で実感した。
『ルーツ』以外では、ジーン・ハックマン主演の映画『ミシシッピー・バーニング』も良作だ。公民権法が制定される以前のミシシッピー州で公民権運動活動家三人が殺害された事件を扱ったノンフィクションだ。社会派映画だから、陰鬱だが、アメリカの黒人問題を理解する一つの手立てになり得る。最近では『大統領の執事の涙』という映画も良作だった。『ルーツ』は、奴隷狩りから奴隷船に乗せられてアメリカで働かされるところから時代を追って丁寧に描かれているので、理解しやすさから言えば、圧倒的に『ルーツ』に軍配が上がる。
テレビドラマ『ホーンブロワー 海の勇者』で主人公ホーンブロワーを熱演したヨアン・グリフィズ主演の英国映画『アメイジング・グレイス』も素晴らしかった。18世紀に奴隷貿易制度廃止に奔走する英国政治家ウィリアム・ウィルバーフォースの伝記的映画で、名曲「アメイジング・グレイス」が誕生した理由も明らかになる。奴隷貿易制度がどのように廃止されるのか、英国議会の在り方もよく分かるというおまけ付きだ。
大宅壮一は「一億総白痴化」と言ったが、それは一面的であって、良質のドラマや映画には啓蒙的機能があるのだ。
0コメント