このような記事を目にするたびに、今こそ英国を見習えと思ってしまう。
英国は、王権に制限を加え、議会制民主政を世界で初めて確立したが、順風満帆というわけではなかった。
18世紀末から19世紀初頭にかけて保守党と自由党が近代的な政党になりつつあったが、その選挙は前近代的であって、金権腐敗選挙が横行していた。
候補者がパブで有権者に飲み食いさせることは、日常茶飯事であった。「投票日だけは王様で、あとの日は奴隷」だと考える有権者が多く、金権腐敗を嫌悪するよりも、むしろ票を金に換えることが有権者の特権であるかの如く考えられていたからだ。
投票の秘密が保障されているため、有権者は対立する候補者たちから金をせびるし、買収側も買収の効果が分からず疑心暗鬼になるので、ますます選挙に金がかかった。
他方で、選挙に金がかかるのは必要悪であるという意識が議員にはあって、金で議席を買うのはそれだけ財力があることの証しであって、一種のステータスでもあったのだ。
旧来の支配階級である地主階級と、商業でのし上がってきた新興ブルジョア階級は、それぞれ財力に物を言わせて議席を金で買って、互いに権益拡大を図らんと鎬(しのぎ)を削っていた。
しかし、金権腐敗選挙を憂慮する人々がいたことも事実である。例えば、妄想の世界に生きる精神的未熟児J・Sミルは、婦人参政権や相続財産への課税等、当時としては異例の選挙公約を掲げ、選挙ボランティアの助けを借りて、金をかけない選挙戦に臨んで、見事初当選を果たしている。次の選挙では落選しており、我が国の泡沫タレント候補と同じ一発屋にすぎなかったけれども、金権腐敗選挙に眉を顰(ひそ)める有権者が少なからずいたことを示している。
金権腐敗選挙の浄化は、現実的な政治家の登場を待たねばならなかった。自由党第二次グラッドストーン内閣は、選挙の実態調査を行った結果、あまりの酷さに驚愕し、これ以上選挙に金がかかったのでは議員をやってられないという危機感が議員の間に広まり、世論の支持もあって、弁護士出身のヘンリー・ジェームス議員を法務長官に任命して腐敗防止法案を起草させた。
腐敗防止法案の基本理念に対して異を唱える議員は、ほとんどいなかったが、連座制と重い罰則には反対論が根強かった。総論賛成・各論反対は、我が国の専売特許ではない。
しかし、大英帝国に陰りが見え始め、国際競争力に乏しい農業の凋落に伴って地主階級が没落し始め、買収資金が枯渇するようになると、背に腹は変えられぬとばかりに議員たちも選挙浄化に本腰を入れるようになった。
そこで、三度目の正直で提出された腐敗防止法案が1883年に可決され、英国は、金のかからぬ選挙へと歩みを進めることになる。
法律の具体的な中身については、多くの論者が述べているので、省略するが、法律によって選挙にかけられる金額が決まっているため、候補者は、戸別訪問と街中の広告掲示板に政党ポスターを掲示することぐらいしかできない。騒音以外の何ものでもない街宣車は禁止されている。
注目すべきは、英国が、選挙に金がかかるのであれば、金のかからない選挙にしようと正面から問題に向き合っている点だ。
以前、このブログで述べたことだが、政策法務で重要なのは、How(どのように)ではなく、Why(なぜ)だ。
例えば、残業時間が多いという行政課題があったとする。どのようにしたら残業時間を減らせるのか(How)を考えて、終業時間になったら自動的にパソコンを強制終了させるという方法を選択したとしよう。この方法ならば、確かに残業時間を減らせる。
しかし、やらなければならない仕事の絶対量が減らない以上、事務処理が遅延するという新たな行政課題が発生することになる。
これに対して、なぜ残業時間が多いのか(Why)を考えて、事務処理の手続が煩雑で作業効率が悪いこと又は人手不足が原因だということが分かれば、事務処理手続を簡略化したり適正な人員配置をすれば残業時間を減らせるわけだ。
英国は、なぜ選挙に金がかかるのか(Why)を調査検討し、選挙に金がかかる原因を除去しようと腐敗防止法を制定しているのに対して、我が国の場合には、どのようにしたら選挙にかかる金を減らせるか(How)を考えて、「選挙に金がかかるんだったら、公費で、つまり税金で選挙費用を負担してあげますよ♪」と安直な解決策を採るものだから、いつまで経っても問題の根本的解決に至らないのだ。
ちなみに、政府は、選挙公営について、次のように答弁している。
「御指摘の「選挙公営」とは、一般に、国又は地方公共団体がその費用を負担して候補者の選挙運動を行い若しくは選挙を行うに当たり便宜を供与し、又は候補者の選挙運動の費用を負担する制度と考えられている。
お尋ねの「選挙公営は、「選挙の平等化をはかるもの」であるが、「この平等は自由に対するなんらかの制限なしには実現されえない」ものである」の意味するところが明らかではないが、現在の公職選挙法(昭和二十五年法律第百号)では、金のかからない選挙を実現するとともに、候補者間の選挙運動の機会均等を図る手段として、選挙運動の費用を公費で負担する枠組みが設けられているものである。」
https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/199/touh/t199007.htm
英国が、買収資金に枯渇するようになって、金権腐敗選挙の浄化に本腰を入れるようになったように、我が国も、首長や議員のなり手不足が深刻化するようになったことを契機に、なぜ選挙に金がかかるのか、その原因を調査検討し、金のかからぬ選挙を実現する方向へと動き出して欲しいものだ。
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