法令の中のいろは歌

 弘法大師空海が作ったと言われている「いろは歌」は、昔から寺子屋で手習い(習字の意)の際に用いられてきた。

 空海が作者かどうか真偽の程は分からぬが、仮名47文字を1回ずつ重複せずに使って歌を読むという極めて厳しい制約の下で、仏教の教えを織り込むことは至難の技であって、空海作だと言われてきたのもさもあらんと思う。


いろはにほへと ちりぬるを

わかよたれそ  つねならむ  

うゐのおくやま けふこえて  

あさきゆめみし ゑひもせす


色は匂へど 散りぬるを

我が世誰ぞ 常ならん

有為の奥山 今日超えて

浅き夢見し 酔ひもぜず


 織り込まれた仏教の教えって何やねん!という方のために、参考までに仁和寺の解説リンクを貼っておく。


 さて、国の法令では、箇条書きである「号」を細分化する際には、現在でも「いろは順による片仮名」が用いられている。

 公式な理由は分からないが、おそらく戦前からの「いろは順による片仮名」を用いるしきたりに従うことで、戦前に制定された国の法令との整合性を確保しているのだろう。


 この点、法制執務研究会編『新訂ワークブック法制執務』(ぎょうせい)210頁は、次のように述べている。


 「号は、「一、二、三・・・・・・」と号名を漢数字で表すが、号の中を更に細分して列記するときは、まず、「イ 、ロ、ハ・・・・・・」を用いる。これを更に細分して列記するときには、「⑴、⑵、⑶・・・・・・」を用いた例、「(一)、(二)、(三)・・・・・・」を用いた例があるが、現在では、「⑴、⑵、⑶・・・・・・」を用いることに統一されている。これを更に細分して、「(ⅰ)、(ⅱ)、(ⅲ)・・・・・・」を用いて列記した次のような例もある。」

として、古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法施行令(昭和四十一年政令第三百八十四号)第6条を挙げている。


cf.1古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法施行令(昭和四十一年政令第三百八十四号)

 (以下省略:久保)


 ただし、下記の『公用文作成の要領』では、「アイウエオ順」とされているので、国の公用文では「アイウエオ順による片仮名」が用いられている。

 公式な理由は不明だが、おそらく現代人には「いろは順」よりも「アイウエオ順」の方が能率よく事務処理ができるからだろう。

 この点に関して、面白い記事があるので(今、検索したら削除されていなかった!)、リンクを貼っておく。河野太郎氏は、女系天皇容認論を支持している点で許せないけれども、ユニークな人柄だ。


 では、自治体ではどうなのだろうか。


 条例Webアーカイブデータベースで「いろは順」を検索したら、18件ヒットした。例えば、山形県は、国の法令と同様に、法制執務で「いろは順によるかたかな」を用いている。


cf.2山形県公文規程(昭和41年8月20日山形県訓令第45号)

(条例の起案の要領)

第3条 条例の起案は、次の各号に掲げる要領によるものとする。

(1) 条例には、簡潔、かつ、適確に表現した題名を付すること。

(2) 条文の数が多い場合は、章、節等に分けて整理すること。

(3) 各条文左肩に当該条文の内容を要約した見出しを付すること。ただし、連続する数個の条文が同種類の事項を規定しているときは、見出しは、最初の条文のみ付すること。

(4) 用語を定義する場合は、その条文に限り定義する語句にかぎかつこ(「 」)を付すること。ただし、各号列記する場合は、この限りでない。

(5) 同一用語を数回にわたり使用するときは、最初の条文においてその用語の次に(以下「何々」という。)と簡略する旨をかつこ書きし、第2回以降はそれを用いること。

(6) 法令を引用する場合は、引用法令の題名の下に公布年(条例を引用する場合にあつては公布年月)及び法令番号をかつこ書きすること。ただし、同一法令を2回以上引用する場合は、第2回以降は題名のみをもつて足りること。

(7) 同一条文が2以上の項をもつて構成されている場合は、第2項以下にアラビヤ数字で項番号を付すること。条を置かないで2項以上にわたるときは、第1項にも項番号を付すること。

(8) 条文中号を表わすときは、横かつこで囲んだアラビヤ数字を用いること。

(9) 号を第1の段階で細分する場合は、いろは順によるかたかなを付すること

(10) 号を第2の段階で細分する場合は、横かつこで囲んだいろは順によるかたかなを付すること

(11) 号を第3の段階で細分する場合は、アルフアベツト順による筆記体の小文字を付すること。

(12) 号を第4の段階で細分する場合は、横かつこで囲んだアルフアベツト順による筆記体の小文字を付すること。

(13) 附則は、特に必要がある場合のほか、条で構成せず項で構成するものとし、次に掲げる事項の順に規定すること。 イ 施行期日に関する事項 ロ 既存の条例の廃止に関する事項 ハ 経過措置に関する事項 ニ 関係条例の一部改正に関する事項 ホ その他の規定に関する事項

(14) 別表、様式がある場合は、附則の次に別表、様式の順に規定すること。


 次に、「アイウエオ順」を検索したら、110件ヒットした。例えば、富山県は、「アイウエオ順によるかたかな」だ。


cf.3富山県規則等の形式を左横書きに改正する規則(昭和38年8月31日 富山県規則第44号)

 さらに、「あいうえお順」を検索したら、128件ヒットした。例えば、長野県飯田市は、「あいうえお順によるかたかな」を用いている。


cf.4飯田市規則の形式を左横書きに改正する規則(昭和39年4月16日 規則第3号)

 最後に、「五十音順」を検索したら、864件ヒットした。例えば、佐賀県は、「五十音順による片仮名」を用いている。


cf.5佐賀県条例の形式の左横書きの実施に関する条例(平成24年7月9日 佐賀県条例第35号)


 このように「アイウエオ順によるかたかな」若しくは「あいうえお順によるかたかな」又は「五十音順による片仮名」という表現の仕方に違いはあれど、同じ意味なので、「五十音順による片仮名」で表記する自治体が圧倒的多数ということになる。

 この点で、「いろは順の片仮名」を用いている国の法制執務と大きく異なる。

 

 道府県に条例・規則制定権が付与されたのは、昭和4年(1929年)であり、国の法令に比べて歴史が浅いからこそ、戦前に制定された条例・規則との整合性を確保するために、強いて「いろは順による片仮名」によるのではなく、現代人に分かり易い「五十音順による片仮名」を採用することが容易だったのかも知れない。














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