「推薦に基づいて」


 研修に出講してヘロヘロになっている間に、日本学術会議の会員候補として推薦された6人が任命拒否された問題が話題になっていたようだ。

 日本学術会議法第7条第2項は、「会員は、第十七条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する。」と規定されている。


 この「推薦に基づいて」をどのように解釈すべきか?


cf.1日本学術会議法(昭和二十三年法律第百二十一号)

第七条 日本学術会議は、二百十人の日本学術会議会員(以下「会員」という。)をもつて、これを組織する。

2 会員は、第十七条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する

3 会員の任期は、六年とし、三年ごとに、その半数を任命する。

4 補欠の会員の任期は、前任者の残任期間とする。

5 会員は、再任されることができない。ただし、補欠の会員は、一回に限り再任されることができる。

6 会員は、年齢七十年に達した時に退職する。

7 会員には、別に定める手当を支給する。 8 会員は、国会議員を兼ねることを妨げない。

第十七条 日本学術会議は、規則で定めるところにより、優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し、内閣府令で定めるところにより、内閣総理大臣に推薦するものとする。


 朝日新聞2020年(令和2年)11月1日(日)14版の『「推薦に基づいて」法的重みは』という記事は、元衆議院法制局参事の吉田利宏氏の言葉を引用して、次のように述べている。一部引用させていただく。

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 今回の「〜に基づいて」に近い用語には「〜により」「〜に従い」「〜を尊重」「意見を聴いて」などがあると吉田さんはいう。

 「〜により」や「〜に従い」は任命や指名を事実上拘束する。《(国地方係争処理委員会の)専門委員は、学識経験のある者のうちから、委員長の推薦により、総務大臣が任命する(地方自治法施行令)》

 一方で「に基づいて」よりも拘束力が弱いものとして、「尊重」や「意見を聴いて」などがある。《内閣総理大臣は(中略)経済財政諮問会議の意見を聴いて、会議に専門委員を置くことができる。専門委員は(中略)学識経験を有する者のうちから、内閣総理大臣が任命する(経済財政諮問会議令)》

 「『推薦に基づいて』は『推薦により』に近いくらい拘束力が強い。専門家の集団が出す推薦をかなり重くみたのだと思う」と吉田さんは言う。

 科学技術に詳しい文部科学省のある幹部も「『に基づいて』は国家公務員なら誰でも習う基礎用語。よほどの事情がなければ、推薦どおりに任命しなければならないはずだ」と語る。

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cf.2地方自治法施行令(昭和二十二年政令第十六号)

(専門委員)

第百七十四条 国地方係争処理委員会(以下この節において「委員会」という。)に、地方自治法第二百五十条の十三第一項から第三項までの規定による審査の申出に係る事件に関し、専門の事項を調査させるため、専門委員を置くことができる。

2 専門委員は、学識経験のある者のうちから、委員長の推薦により、総務大臣が任命する

3 専門委員は、当該専門の事項に関する調査が終了したときは、解任されるものとする。

4 専門委員は、非常勤とする。


cf.3経済財政諮問会議令(平成十二年政令第二百五十七号)

(専門委員)

第一条 内閣総理大臣は、内閣府設置法第十九条第一項第一号及び第二号の調査審議並びに同項第三号の意見具申の前提となる特定の専門的事項を調査させるため必要があるときは、経済財政諮問会議(以下「会議」という。)の意見を聴いて、会議に専門委員を置くことができる

2 専門委員は、当該特定の専門的事項に関し学識経験を有する者のうちから、内閣総理大臣が任命する

3 専門委員は、その者の任命に係る当該特定の専門的事項に関する調査が終了したときは、解任されるものとする。

4 専門委員は、非常勤とする。


 上記記事は、「科学技術に詳しい文部科学省のある幹部」の言葉を除き、全くもっておっしゃる通りだと思う。


 しかし、問題なのは「〜」の部分だ。「〜に基づいて」の「〜」にどのような言葉が入るかによって意味が変わるからだ。


 この点に全く触れずに、吉田氏の「『推薦に基づいて』は『推薦により』に近いくらい拘束力が強い。」(←この指摘自体は、正しい。)を引用した上で、法制執務に詳しいわけではなく、どこの誰か分からぬ「科学技術に詳しい文部科学省のある幹部」の「『に基づいて』は国家公務員なら誰でも習う基礎用語。よほどの事情がなければ、推薦どおりに任命しなければならないはずだ」」という言説につなげることによって、まるで「推薦に基づいて」とある以上、内閣総理大臣はその推薦通りに必ず任命しなければならず、任命を拒否できないかの誤った印象を読者に与えるおそれがあるのではなかろうか。もしも意図的に行っているとすれば、印象操作との誹りを免れないだろう。

 

 以下、「〜に基づいて」の「〜」に、「議」、「指名」及び「推薦」が入った場合に、どのような意味になるのかについて、検討しようと思う。


 まず、「〜に基づいて」の「〜」に「」が入った場合は、どのような意味になるのだろうか?

 すなわち、「議により」、「議に基づいて」及び「議に付し」というのは、それぞれどのような違いがあるのかについて、法制執務研究会編『新訂ワークブック法制執務』(ぎょうせい)684頁は、次のように述べている。

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 これらの語は、それぞれ用語の別に従って、合議体の機関の議決のこれを求めた行政機関等に及ぼす拘束力の点において、若干の差がある。すなわち、これらの三語のうち最も拘束力が強いとされるのは「議により」で、この語が用いられている次の例一の場合は、当該行政機関等は、原則として、その審議機関又は議決機関の議決に法的に拘束されるものと認められる。他の語については、それが用いられている法令の規定の趣旨によって必ずしも一概にいえないが、例二の「議に基づいて」と言う用語も、原則的には拘束力が強く、これに対して、例三の「議に付し」は拘束力が弱いとされている。この「議に付し」は、「意見を聴く」、「諮問する」、「諮る」と同様に、法的には、審議機関の議決にそのままの形では拘束されない。もっとも、最近では、この「議に付し」は余り用いられず、「意見を聴く」、「諮問する」、「諮る」とされることが多い。

◾️例一◾️

 ◯皇室典範(昭和二十二年法律第三号)

第二十条 第十六条第二項の故障がなくなつたときは、皇室会議の議により、摂政を廃する。

◾️例二◾️

 ◯大学の教員等の任期に関する法律(平成九年法律第八十二号)

(公立の大学の教員の任期)

第三条 公立の大学の学長は、教育公務員特例法(昭和二十四年法律第一号)第二条第四項に規定する評議会(評議会を置かない大学にあつては、教授会)の議に基づき、当該大学の教員(常時勤務の者に限る。以下この条及び次条において同じ。)について、次条の規定による任期を定めた任用を行う必要があると認めるときは、教員の任期に関する規則を定めなければならない。

 (以下略)

◾️例三◾️

 ◯鉱山保安法(昭和二十四年法律第七十号)

(保安規程)

第十九条 (略)

4 鉱業権者が保安規程を定め、又は変更するには、第二十八条の規定による保安委員会の議に付さなければならない。

 ◯日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法(平成十六年法律第二十七号)

(日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震防災対策推進地域の指定等)

第三条 (略)

2 内閣総理大臣は、前項の規定による推進地域の指定をしようとするときは、あらかじめ中央防災会議に諮問しなければならない。

3 内閣総理大臣は、第一項の規定による推進地域の指定をしようとするときは、あらかじめ関係都道県の意見を聴かなければならない。この場合において、関係都道県が意見を述べようとするときは、あらかじめ関係市町村の意見を聴かなければならない。

 (以下略)

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 次に、「〜に基づいて」の「〜」に「指名」が入ったら、どのような意味になるのだろうか?

 「指名」とは、「〘名〙 特定の人やものを指定すること。物の名や人の名をさして言うこと。名ざし。」を意味する(『『精選版 日本国語大辞典』小学館)。

 つまり、指定されたもの以外に選択肢がないわけだ。


 憲法は、「天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。」(憲法第6条第1項)、「天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。」(憲法第6条第2項)と定めている。

 指名された者以外に選択肢がないから、天皇は、指名された通りに必ず任命しなければならず、その任命権は、形式的なものに過ぎないことになる。

 そもそも天皇は、国政に関する権能を有しない以上(憲法第4条第1項)、当然だ。


 では、「〜に基づいて」の「〜」に「推薦」が入ったら、どのような意味になるのだろうか?

 そもそも「推薦」とは、「〘名〙 すぐれた人物として、ある地位につけるようにすすめること。よいと思い、また、適していると考える人物や事物を他人にすすめること。推挙。推輓(すいばん)。」を意味する(『精選版 日本国語大辞典』小学館)。

 「推薦」は、すすめるだけであって、すすめられた通りにするかどうかは、相手方の自由なわけだ。

 そりゃそうだ。推薦入学も、大学や高校等が学生・生徒を募集する際に、受験生の母校がその大学等の学生・生徒にふさわしいとすすめるだけであって、合否は、推薦を受けた受験生のうちから、入試結果に基づいて大学等が自主的に決定するからだ。


 そうすると、「推薦に基づいて」は、「議に基づいて」や「指名に基づいて」に比べて、拘束力がかなり緩やかだということになる。

 すなわち、推薦された複数の候補者の中から任命しなければならないという拘束力を受けるが、推薦された複数の候補者の中から具体的に誰を任命するかは、任命権者の自由裁量に委ねられているのだ。

 したがって、推薦された複数の候補者の全員を任命せずに、一部の候補者を任命拒否することも、裁量権の範囲内にあり、適法ということになる。


 実際、裁判所も、「推薦に基づいて」任命することについて、任命権者に広範な裁量権を認めている。

 すなわち、労働者が団結することを擁護し、及び労働関係の公正な調整を図ることを任務とする中央労働委員会を組織する労働者委員は、「労働組合の推薦に基づいて」、内閣総理大臣が任命するとされているが(労働組合法第19条第2項)、この点、東京高裁は、「中央労働委員会の労働者委員の任命については、任命権者である内閣総理大臣の広範な裁量にゆだねられており労働組合の推薦に基づく候補者を当初から審査の対象から除外したり、あるいはこれを除外したと同様の取扱いをするなど労働組合法が推薦制度を設けた趣旨を没却するような特別の事情がない限り、裁量権の濫用とはならない。」と判示している(中央労働委員会労働者委員任命処分取消等請求事件。東京高判平10・9・29)。


cf.4労働組合法(昭和二十四年法律第百七十四号)

(中央労働委員会)

第十九条の二 国家行政組織法(昭和二十三年法律第百二十号)第三条第二項の規定に基づいて、厚生労働大臣の所轄の下に、中央労働委員会を置く。

2 中央労働委員会は、労働者が団結することを擁護し、及び労働関係の公正な調整を図ることを任務とする。

3 中央労働委員会は、前項の任務を達成するため、第五条、第十一条、第十八条及び第二十六条の規定による事務、不当労働行為事件の審査等(第七条、次節及び第三節の規定による事件の処理をいう。以下同じ。)に関する事務、労働争議のあつせん、調停及び仲裁に関する事務並びに労働関係調整法第三十五条の二及び第三十五条の三の規定による事務その他法律(法律に基づく命令を含む。)に基づき中央労働委員会に属させられた事務をつかさどる。

(中央労働委員会の委員の任命等)

第十九条の三 中央労働委員会は、使用者委員、労働者委員及び公益委員各十五人をもつて組織する。

2 使用者委員使用者団体の推薦(使用者委員のうち四人については、行政執行法人(独立行政法人通則法(平成十一年法律第百三号)第二条第四項に規定する行政執行法人をいう。以下この項、次条第二項第二号及び第十九条の十第一項において同じ。)の推薦)に基づいて労働者委員労働組合の推薦(労働者委員のうち四人については、行政執行法人の労働関係に関する法律(昭和二十三年法律第二百五十七号)第二条第二号に規定する職員(以下この章において「行政執行法人職員」という。)が結成し、又は加入する労働組合の推薦)に基づいて、公益委員は厚生労働大臣が使用者委員及び労働者委員の同意を得て作成した委員候補者名簿に記載されている者のうちから両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命する

 (以下省略)


 また、都道府県労働委員会の労働者委員も、労働組合の推薦に基づいて、都道府県知事が任命するのであるが(労働組合法第19条の2第3項)、この点、裁判所は、「法及び法施行令は、知事が、地方労働委員会の労働者委員を任命するには、労働組合から推薦があつた者の中から任命することにしている。

 したがつて、知事は、推薦があつた候補者の中から労働者委員を任命しなければならず労働組合から推薦されなかつた者を労働者委員に任命することは裁量権の範囲を逸脱したものとして許されない

 また、前に説示したように本件推薦制度の趣旨に照らし、労働組合から推薦された者全員を審査の対象にしなければならないから、推薦された者の一部をまつたく審査の対象にしなかつた場合にも、推薦制度の趣旨を没却するものとして、裁量権の濫用があつたとしなければならない

 しかしながら、推薦は、指名とは異なるから、推薦に基づいて任命する場合の任命権者には、裁量権が与えられており、推薦された者が審査の対象とされた以上、推薦された候補者が労働者委員に任命されなかつたからといつて、直ちに裁量権の濫用があつたとするわけにはいかない。」と判示している(大阪地労委委員任命処分取消事件、大阪地判昭58・2・24日判決)。


cf.5労働組合法

(都道府県労働委員会)

第十九条の十二 都道府県知事の所轄の下に、都道府県労働委員会を置く。

2 都道府県労働委員会は、使用者委員、労働者委員及び公益委員各十三人、各十一人、各九人、各七人又は各五人のうち政令で定める数のものをもつて組織する。ただし、条例で定めるところにより、当該政令で定める数に使用者委員、労働者委員及び公益委員各二人を加えた数のものをもつて組織することができる。

3 使用者委員使用者団体の推薦に基づいて労働者委員労働組合の推薦に基づいて、公益委員は使用者委員及び労働者委員の同意を得て、都道府県知事が任命する


 このようにみてくると、「第98回国会 参議院 文教委員会 第8号 昭和58年5月12日」における政府答弁の方が間違った解釈・運用をしていると言わざるを得ない。

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148 手塚康夫

○政府委員(手塚康夫君) 前回の高木先生の御質問に対するお答えでも申し上げましたように、私どもは、実質的に総理大臣の任命で会員の任命を左右するということは考えておりません。確かに誤解を受けるのは、推薦制という言葉とそれから総理大臣の任命という言葉は結びついているものですから、中身をなかなか御理解できない方は、何か多数推薦されたうちから総理大臣がいい人を選ぶのじゃないか、そういう印象を与えているのじゃないかという感じが最近私もしてまいったのですが、仕組みをよく見ていただけばわかりますように、研連から出していただくのはちょうど二百十名ぴったりを出していただくということにしているわけでございます。それでそれを私の方に上げてまいりましたら、それを形式的に任命行為を行う。この点は、従来の場合には選挙によっていたために任命というのが必要がなかったのですが、こういう形の場合には形式的にはやむを得ません。そういうことで任命制を置いておりますが、これが実質的なものだというふうには私ども理解しておりません。

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 法案を通すための方便なのか、改正前の選挙制に引きずられて間違った解釈・運用をしてしまったのかは定かではないが、いずれにせよ、条文上は、「推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」とある以上、この条文の文言を離れて解釈・運用することは許されない。


 「過(あやま)ちては則(すなわ)ち改(あらた)むるに憚(はばか)ること勿(なか)れ」(間違いを犯したら、ためらうことなく改めるべきだということ。『論語』学而)ということで、菅総理は、従来の間違った解釈を改め、正しい解釈に従って任命権を行使したということになるから、むしろ褒めるべきなのに、マスコミが大騒ぎしてこれを批判するのは、別の狙いがあるのだろう










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