東京事務所

1 国家公務員に比べて転勤が少ない地方公務員

生徒 先生、お久しぶりです♪ずっとお見かけしなかったのですが、どうなさったのですか?

老先生 腰を痛めて、ずっと寝込んでおったんじゃ。苦笑

生徒 それは大変でしたね。お大事になさって下さい。

老先生 ありがとう。さて、何か質問かの?

生徒 いえ、質問というわけではなく、進路相談です。

 以前、国家公務員を志望していると申し上げたのですが、よく考えてみると、僕は長男なので、将来、両親の面倒を見なければならないから、転勤がない自治体職員がいいかなぁ〜と思うようになったのですが、どう思われますか?

老先生 確かに、国家公務員に比べれば、自治体職員は、転勤が少ないの。

 この点について、ご両親のお考えやお気持ちを確かめたのかの?子供に迷惑をかけたくないから、完全看護の老人ホームに入居するなどの選択肢もあるので、ご両親とじっくり話し合った上で、決めるのが一番じゃよ。

生徒 確かに、そうですね。今度訊いてみます。


2 自治体職員にも転勤がある

老先生 うむ、それが良い。先ほど「転勤がない自治体職員」と言っておったが、それは誤解じゃよ。

 都道府県職員の場合には、区域が広いので、土木事務所や地域振興局などの出先機関がたくさんあるため、都道府県内の転勤があるし、市町村や特別地方公共団体(一部事務組合及び広域連合)へ派遣されることもある。

 また、市町村職員も、都道府県庁や特別地方公共団体へ派遣されることもある。

 海外の企業や観光客の誘致、海外ビジネス展開の支援、国際交流などの目的で、76の自治体が25の国・地域67都市に計283の海外拠点を設置しており、そのうち自治体が独自に設置した海外事務所は72カ所もあるから、自治体によっては海外事務所に転勤を命じられることもあるんじゃよ。

 さらに、自治体職員が、民間企業に派遣されたり、地方六団体に派遣されたり、霞ヶ関の中央省庁へ派遣されたり、JICA(ジャイカ)やCLAIR(クレア)を通じて海外へ派遣されたりすることもあるんじゃ。

生徒 えッ!?そうなのですか。。。

老先生 全職員が派遣されるというわけではなく、ごく一部の職員に限られるがの。他にも、全ての都道府県庁が東京事務所を設置しているし、83の市役所が東京事務所を設置しているので、勤め先によっては東京事務所勤務を命じられることもあるんじゃよ。

3 自治体の東京事務所の法的根拠

生徒 海外事務所や東京事務所っておっしゃいましたが、自治体の区域外に事務所を設置できるんですか?

老先生 うむ。都道府県の支庁・地方事務所、市町村の支所・出張所の位置、名称及び所管区域も、条例で定めなければならないが、その位置については、「必要な地に」とあるだけで(地方自治法第155条第1項)、それ以外にはなんら制限がないからじゃ。

4 東京事務所設置の経緯

生徒 なぜ東京に事務所を設置するんですか?

老先生 戦前はもちろん、戦後も長い間、新幹線や高速道路がなかったから(昭和39年(1964年)に東海道新幹線が、昭和40年(1965年)に名神高速道路が開通した。)、地方から東京へ出張するには、蒸気機関車(のちにディーゼル機関車や電車が登場するがの。)や船で行かねばならんし、当然、泊まりがけになる。

 関東の県庁の場合には、東京まで日帰りで行けなくはないが、短時間で用事を済ますことが難しいので、どうしても宿泊せざるを得ない。

 そこで、事務の効率化と交通費や宿泊費を節約するためもあって、常駐の東京事務所を設置したんじゃ。今は減ったが、宿泊施設を兼ねている東京事務所もある。


5 東京事務所設置の理由

生徒 なるほど。そもそもなぜ、東京へ出張するんですか?

老先生 それはもちろん東京が首都だからじゃ。上記記事にもあるように、省庁への連絡調整・情報収集、情報発信・PR、企業誘致、国会議員との連絡調整、県人会の世話のためじゃ。

生徒 はぁ?

老先生 戦前・戦中は、出張所ないし宿泊施設として東京事務所が設置されたんじゃが、特に戦後、憲法と地方自治法の制定によって地方自治制度が確立されたことにより、自治体が処理すべき事務が広域化・複雑化した結果、国との連絡調整を要する事務が増大し、地方財政も急激に増大して国庫に大きく依存するようになったため、東京事務所がたくさん設置されるようになったんじゃ。

 自治体職員さんが相手ならば、この程度の説明で十分じゃろうが、受験生にはちっとばかり分かりにくいじゃろうから、順を追って説明するとしよう。

⑴  省庁への情報収集・連絡調整

 戦後復興を図り、福祉国家を実現するために、国の政策・施策を実施してくれるならば補助金を交付しますよという風に、国が政策誘導を行ったので、自治体としては、新しい補助金制度の情報、補助金の採択状況等を早く知りたいわけじゃ。地方交付税の算定状況等も同様じゃ。

 というのは、自治体の予算は、3月31日までに議会の議決をもらわなければならず、自治体の予算案は、国からの補助金や地方交付税を前提に作成されるので、補助金や地方交付税に変化があれば、それに応じて自治体の予算案も変更しなければならないため、国の予算が正式発表されるよりも前に、いち早く情報を入手する必要があるからじゃ。

 また、国会に上程が予定されている法律案、政省令案についても、同様であって、それに伴って条例・規則の改正が必要な場合には、改正作業のスケジュールとの関係上、いち早く情報を入手して準備する必要があるんじゃ。

 さらに、中央省庁の官僚は、地域の実情を知らないので、地域の実情や動向を中央省庁へ提供し、自治体が希望する予算案・法律案・政省令の策定へと誘導する必要があるわけじゃ。

 このような省庁への情報収集・連絡調整は、自治体同士の利害が一致することが多いため、各東京事務所の職員同士で情報が共有されることが多いようじゃ。そのためもあって、広島県・高知県・大分県を除く、都道府県の東京事務所は、霞ヶ関や永田町のすぐ近くにある15階建の都道府県会館の中に入っておるんじゃ。東京都が東京事務所(正確には「都道府県会館東京都事務室」)を設置しているのも、他の自治体の動向を探ると同時に、情報共有のためじゃ。

⑵  情報発信・PR

 大手メディア、旅行会社の本社、航空会社の本社、鉄道会社の本社など、企業の本社が東京に集中しているため、観光や物産の宣伝には、東京が適しておるんじゃ。アンテナショップを開設している東京事務所も多く、東京のスーパー等には置いていない地元の特産物が売られていて、人気らしいの。

⑶  企業誘致

 本社を東京に置いている企業が多いからじゃ。企業誘致は、自治体間競争が激しいので、各東京事務所同士の情報共有はなされないようじゃ。

⑷  国会議員との連絡調整

 地元選出の国会議員やその秘書から国政や企業誘致に関する独自情報を入手したり、地元の知事や市町村長、地元の都道府県議会や市町村議会の議員の陳情の調整、陳情の同行をしたりするんじゃよ。

⑸  県人会の世話

 県人会の活動に熱心な人は、東京での成功者が多いし、また、総務省・文科省・農水省・国交省のように省庁別に官僚の県人会があるんじゃ。省庁別県人会には、自治体へ出向した官僚も入会しておる。

 このような県人会に応援団になってもらって、県人会を通じて地元出身の官僚や経営者と接点を持ち、情報収集等に当たるわけじゃ。


6 東京事務所の活動

生徒 へぇ〜、東京事務所っていろんな仕事をしているんですね。

 でも、今は、新幹線、高速道路、飛行機もあるから、用事があれば、その都度、東京へ出張すれば足りるし、電話やインターネットもあるんで、常駐の東京事務所を設置する必要はないのではないでしょうか?

老先生 イマドキの若者らしい発想じゃな。確かに、それで東京事務所の目的を簡単に達成できるのであれば、税金を使ってわざわざ東京事務所を設置する必要はないのじゃが、そうは問屋が卸さないからこそ東京事務所を設置しておるんじゃよ。

 東京事務所の職員数は、約15名前後で、東京からの距離が遠い自治体ほど、出張費・宿泊費がかかるためじゃろうか、職員数が増える傾向にあるらしい。

 職員の役割は、省庁への情報収集・連絡調整の担当と情報発信・PR・企業誘致等の担当の二つに大別でき、それぞれの担当者数は、おおよそ2対1の割合じゃ。

 いずれの担当にせよ民間企業の営業マンのような仕事をしていると言える。例えば、100件飛び込み営業をして1件でも話を聞いて貰えたら上出来だと言われるように、見ず知らずの人に話を聞いて貰うだけでも難しいのに、いわんや貴重な情報を引き出すなんて至難の業じゃ。そのため、官民問わず、仕事をする上で大切なのは、フェイス・トゥー・フェイスで個人的な信頼関係を醸成すること(人脈作り)なんじゃ。

 そこで、例えば、省庁への情報収集・連絡調整の担当になった新任職員は、先輩職員に連れられて、担当省庁へ挨拶回りをして、顔を覚えてもらうことから始め、用事があろうがなかろうが、毎日、自分が担当している省庁へ足を運んで、顔つなぎをするんじゃよ。

 地元出身の官僚や地元自治体に出向経験がある官僚に対しては、毎月自治体の広報紙が発行されるたびに、広報紙を配りながら、「地元に有利な情報がございましたら、どうぞよろしくお願いします。」と頭を下げに回らねばならん。省庁別県人会にも参加して、地元出身官僚と懇意になるようにするんじゃ。

 また、同じ省庁を担当している東京事務所職員同士が、全国又は地域ブロックごとに集まって連絡会を結成して、他の自治体の東京事務所職員との情報交換を行い、連携を図っておるし、ときには官僚をこの連絡会に招いて勉強会を開催したりしておる。東京事務所長同士の連携を図るための所長会も開催されておるんじゃ。

 省庁別県人会や連絡会等では、当然飲み会が開かれるので、昔の東京事務所職員は、男性ばかりじゃった。大蔵省ノーパンしゃぶしゃぶ事件がきっかけで、公費を使った官官接待が指弾され、国家公務員倫理法が制定されて以降は、夜の接待は鳴りを潜めたが、安価な居酒屋などでのポケットマネーによる会費制の飲み会は、今でも開催されておる。

生徒 東京事務所の職員さんが人脈作りをしているのは分かりましたが、官僚側にはどのようなメリットがあるんですか?

老先生 キャリア官僚は、課長までは横並びで出世できるのじゃが、それから先は椅子取りゲームなんじゃ。キャリア官僚は、2〜3年で異動せねばならず、その間に何らかの実績を残さないといけないのじゃが、そう簡単に新しい政策・施策のアイデアが浮かぶものではない。

 そこで、東京事務所の職員から地方のニーズを教えてもらって、それを新しい政策・施策作りに活かすというメリットがあるんじゃ。また、将来、政界入りを考えている官僚にとっては、人脈作りのメリットもあるの。

生徒 そういうメリットがあるんですね。でも、官僚には国家公務員法上の守秘義務があるのに、インサイダー情報を漏洩してもいいんですか?

老先生 もちろん守秘義務違反は、許されん。じゃから、廊下でのちょっとした立ち話や酒を酌み交わしての世間話や与太話をしながら、それに託(かこつ)けてさりげなく質問を投げかけ、官僚の表情・態度・口ぶり・声のトーンなどから読み取るんじゃよ。


7 東京事務所に配属される職員

生徒 なるほど。まさに映画やドラマに出てくる営業マンみたいですね。やはり前職が営業マンだった職員さんが東京事務所勤務を命じられるのでしょうか?

老先生 そんなことはないが、コミュニケーション能力だけでなく、情報収集・情報分析能力に長けていて、しかも自治体業務について、多方面にわたって知識・経験を積んでいなければできない仕事なので、40歳前後の職員さんが東京事務所に配属されることが多いようじゃ。任期は、およそ3年らしい。

 東京事務所長に配属される職員さんは、次長級又は課長級が多く、およそ2年の任期を終えて本庁に戻ると、局長級又は部長級など、東京事務所長に配属される前よりもランクの上の役職に就くのが一般的なので、出世コースと言えるの。

生徒 短期間とはいえ、普段見ることができない世界に飛び込むことができるので、面白そうですね。

老先生 そうじゃな。東京は、世界的に見てもエキサイティングな都市なので、私生活でも刺激を受けることが多かろう。通常、省庁、議員会館、企業の本社などに行く機会は滅多にないし、官僚や国会議員などと親しく接する機会も滅多にないから、国政の動きなどを肌で感じること自体が新鮮じゃと思う。また、外から地元を見ることができるのも貴重な経験じゃ。大所高所から地元を見る視点が得られるはずじゃ。さらに、東京事務所勤務を通じて得られた人脈も貴重じゃな。

 このような意味で、東京事務所に配属される機会があれば、思い切って引き受けるべきじゃろうし、自ら異動希望届を出し続けるのもよいじゃろう。

 東京事務所に限らず、転勤は、老親の扶養や子供の学校のことなど、悩ましいこともあるが、引っ越し先で生活してみて初めて分かることがたくさんあるし、得難い経験も得られるので、悪い方へ考えぬことが肝要じゃ。

 人は恋をすると世界が薔薇色に見えるように、心の持ち方次第で世界が変わるものじゃから、今から自分の人生を狭めずに、地方公務員だけでなく、国家公務員も検討してみたらいい。

生徒 はい、転勤を前向きに捉えて、親と話し合ってみます。ありがとうございました!

 


 

 


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