専権

 たまたま下記の『ちょっと気になる「専権事項」』という記事を見つけた。


 記事にもあるように、「専権」とは、

好き勝手に権力をふるうこと。擅権。「地方豪族の専権」

 2 その物事を思いのままにできる権利。「人事権は会社の専権事項だ」

を意味する(『デジタル大辞泉』小学館)。


 国の法令で「専権」を用いたものは、現行法令はもちろん、廃止法令にもない。手元にある法律用語辞典を片っ端から引いてみたが、「専権」はなかった。

 

 「専権」は、1の意味の場合には、法の支配や法治主義に反すること、2の意味の場合には、裁量権の逸脱・濫用(行政事件訴訟法第30条参照)を認めるかの如き誤解を与えるおそれが高いことから、国の法令では「専権」が用いられていないのだろう。


cf.行政事件訴訟法(昭和三十七年法律第百三十九号)

(裁量処分の取消し)

第三十条 行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限り、裁判所は、その処分を取り消すことができる。


 ところが、条例Webアーカイブデータベースで「専権」を検索したところ、7本もヒットした!

その内訳は、規則が2本、訓令が3本、告示が1本、制定(?)が1本だった。


 以下のように順番に見てみると、どうやら「専権」を「専管」と同じような意味だと誤解して用いているように思われる。

 「専管」とは、専属管轄の略で、「一手に管轄すること」をいう(『デジタル大辞泉』小学館)。


 私も偉そうなことは言えないのだが、条文案を作成する際には、辞書を引きましょう。


1 高知県四万十町の場合

 「四万十町ケーブルネットワーク条例施行規則」第4条の見出しに「(町長の専権事務)」とある。条文を見ると、これは、「町長のみの権限に属する事務」という意味だということが分かる。

 

 しかし、「町長のみの権限に属する事務」を表現したいのであれば、「町長の専管事務」とすべきだろう。

 

cf.1四万十町ケーブルネットワーク条例施行規則( 平成20年12月15日規則第36号)

町長の専権事務

 第4条  条例第6条第4項に規定する町長のみの権限に属する事務は、 条例第5条第1項第13号に規定する放送番組審議機関の組織及び運営に関する業務とする。


2 東京都練馬区の場合

 練馬区契約事務規則の別表第1(第3条関係)の備考5には、「表中、付合契約とは、電気、ガス、水道の供給等相手方の専権的な定めに従う性質の契約をいう。」とある。

 電力会社やガス会社に恨みでもあるのだろうか?と思わずコーヒーを吹き出しそうになった。練馬区には別の会社を選択する自由があるのだから、「専権的な」という表現を用いなくても良かろう。


 電力会社やガス会社が一方的に約款を定めるので、その意味では電力会社等の専管事項だと言えるが、練馬区は、専権と専管が同義であると誤解して、「専権的な」という表現を用いてしまったのだろう。


 内閣法制局法令用語研究会編『法律用語辞典』(有斐閣)によれば、「付合契約」とは、「保険契約、運送契約、電気や水道の供給契約のように、契約当事者の一方があらかじめ定めた定型的な条項によって契約内容が規定され、相手方はこれを包括的に承認するか否かの選択しかできない契約」をいう。

 この定義を参考に、例えば、「相手方が一方的に定めた約款を包括的に承認するか否かの選択しかできない契約」とでも表現すればよいのではなかろうか。

 

cf.2練馬区契約事務規則 (昭和39年9月1日 規則第6号)

別表第1(第3条関係)

(中略)

 備考

   1 区立学校に令達された経費に基づく契約のうち、教科書、指導書、図書室用図書、研修資料用図書、教材用図書および教育用パソコンソフトの購入については、全額区立学校の長に委任する。

   2 保健相談所の所掌に係る事項に関する委託契約(訪問指導業務等業務の特殊性から専門的知識が必要とされるものに限る。)については、全額保健相談所長に委任する。

   3 福祉作業所の委託加工契約については、全額主管課長に委任する。

   4 不用品の売払いに関する契約で1件予定価格300,000円以下のものについては、物品管理者(練馬区物品管理規則(昭和39年9月練馬区規則第8号)第2条第10号に定める者をいう。)に委任する。

   5 表中、付合契約とは、電気、ガス、水道の供給等相手方の専権的な定めに従う性質の契約をいう。


3 福井県越前市の場合

 越前市の「条例等の規程の制定形式に関する基準」別表第3(第3条関係)には、「執行機関の専権事項(議案提出権、財務会計規則制定権等)を侵す規定を定めることはできない。」とある。

 これも「専管事項」又は「専属的な権限」とすべきだろう。


cf.3条例等の規程の制定形式に関する基準 (平成25年2月14日 訓令第1号)

別表第3(第3条関係) 事務の執行に係る規程の制定基準


4 埼玉県越谷市の場合

  越谷市警防規程第91条第2項ただし書には、「警防対策本部の運用の実務については、・・・次長の専権事項とする」とある。

 これも「専管事項」とすべきだろう。

 

cf.4越谷市警防規程( 平成29年1月26日 消本訓令第2号)

(警防対策本部の編成)

第91条 警防対策本部の編成は、別表第6のとおりとする。

 2 警防対策本部に警防対策本部長(以下「本部長」という。)及び警防対策本部長代理(以下「本部長代理」という。)を置き、本部長には消防長をもって充て、本部長代理には次長をもって充てる。ただし、警防対策本部の運用の実務については、災害対策本部における消防部としての機能を確保するため、消防長の委任による次長の専権事項とする。

(以下、省略:久保)


5 鹿児島市の場合

 鹿児島市消防警備基本規程第5条第2項ただし書には、「消防警備本部運営の実務については、・・・次長の専権事項とする」とある。

 これも「専管事項」とすべきだろう。


cf.5鹿児島市消防警備基本規程 (平成26年3月3日 消防局訓令第2号)

(消防警備本部の設置等)

第5条 消防警備活動を統括するため、局に消防警備本部を置く。

 2 消防警備本部長は局長とし、副本部長は次長とする。ただし、消防警備本部運営の実務については、本市の災害対策本部の組織における消防対策部としての機能を確保する上から、局長委任による次長の専権事項とする。

(以下、省略:久保)


6 奈良県田原本町の場合

 田原本町住宅無料相談会実施要綱第4条第1項ただし書第5号には、「他の職能の専権事項(弁護士、税理士等の取扱い事項)に関する相談」とある。

 文脈上、職務遂行能力や役割を表す「職能」という表現自体が不適切だと思うが、それはさておき、「専権事項」ではなく「専管事項」とすべきだろう。


 例えば、弁護士でない者は、弁護士法又は他の法律に別段の定めがある場合を除き、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができないことになっている(弁護士法第72条)。

 つまり、法律事務の取扱い等は、原則として、弁護士の専管事項なのだ。


cf.6田原本町住宅無料相談会実施要綱 (平成19年5月18日 告示第26―1号)

(相談会の内容)

第4条 相談会でアドバイザーが対応する内容は、耐震診断・耐震改修及び悪質リフォーム、住宅の新築・増改築・購入・リフォーム・維持管理等に関わるものとする。ただし、次に掲げるものは対象外とする。

  (1) 紛争、訴訟等に係わる相談、悪質リフォーム等によるトラブル相談

  (2) 現地での調査を必要とする相談

  (3) 相談事項について第3者より報酬を受けて業として行っている者の業務上の相談

  (4) 建設業者、建築材料業者などの業務上の相談

  (5) 他の職能の専権事項(弁護士、税理士等の取扱い事項)に関する相談

(以下、省略:久保)


cf.7弁護士法(昭和二十四年法律第二百五号)

(非弁護士の法律事務の取扱い等の禁止)

 第七十二条 弁護士又は弁護士法人でない者は報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。


7 東京都狛江市の場合

 狛江市の「市議会関係事務取扱要領」6⑵(ウ)には、「市長の専権事項である事務処理の範囲内であるが」とある。

 これも「市長の専管事項」とすべきだろう。


cf.8市議会関係事務取扱要領 (昭和47年6月30日制定)

6 市議会に対する情報提供の基準

 (2) 情報提供すべき事項

   エ 議員全員協議会 次に例示するような市政運営上特に重大な影響を及ぼす事項で,全議員に情報を提供し,又は協議することが必要なとき開催する。

  (ア) 学校等市民利用公共施設で重大な事故,集団疾病が発生する等,市の責任が問われるような事態となり,至急に経過,対応等について,情報提供及び協議が必要な場合

  (イ) 一部事務組合に属する事務で,構成市の脱退,新施設建設計画等で今後多額の新たな負担が生じる場合

  (ウ) 市長の専権事項である事務処理の範囲内であるが,市政運営上異例に属し,あるいは従来と大きく異なる判断を重要問題について行う場合

 (エ) 議長から特に要請のあった事項



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