高度経済成長期に建設された公の施設の老朽化は、全国的な課題であって、有償固定資産減価償却率(いわゆる老朽化率)が50%を超えると、帳簿上、資産価値が半減しており、建て直すか統廃合するかを検討しなければならない。
この点、東京都小金井市では、市立保育園の廃止を巡って市政が混乱している。本題に入る前に、小金井市立保育園の廃止の経緯について述べる。
① 現在5園ある市立保育園のうち老朽化した3園を段階的に縮小し、令和10年3月末に廃止する方針を決め(cf.1)、令和4年9月1日、西岡真一郎市長が、「小金井市立保育園条例の一部を改正する条例」案(議案第52号)を市議会に提出した(cf.2)。
② 議案が付託された厚生文教委員会において、令和4年 9月27日に継続審査となり、議決に至らなかった。
③ 本議案は、9月28日までの本会議での議決が必要であったことから、西岡市長は、 地方自治法第179条第1項における「議会において議決すべき事件を議決しないと き」に当たると判断し、9月29日付けで専決処分により小金井市立保育園条例の一部を改正した。
④ 専決処分については、地方自治法第179条第3項により、「普通地方公共団体の長 は、次の会議においてこれを議会に報告し、その承認を求めなければならない」とさ れていることから、西岡市長は、この規定に基づき、10月7日の市議会本会議に報告し、承認を求め たが、議会を軽視する暴挙であるとの批判が噴出し、不承認となった。
専決処分が適法になさ れていれば、不承認であっても長に政治的責任が残るのみであり、専決処分の効力は、有効であると解されてい る。法的安定性や取引の安全を確保するためだ。
⑤ 地方自治法第179条第4項には、「条例の制定若しくは改廃又は予算に関する処 置について承認を求める議案が否決されたときは、普通地方公共団体の長は、速やか に、当該処置に関して必要と認める措置を講ずるとともに、その旨を議会に報告しな ければならない」と規定されている。当該「必要な措置」については、特定の措 置に限定しているものではなく幅広い対応を可能としており、具体的内容は長が適切 に判断すべきものと解されている。
そこで、西岡市長は、「今般の本承認議案が市議会で不承認となったことに対します私の政治的な責任に つきましては極めて重大であり、このまま市長という職に留まることは許されないも のと判断いたしました。
私としましては、「新たな保育業務の総合的な見直し方針」(令和4年5月策定)に 基づき、くりのみ保育園及びさくら保育園を令和5年4月から段階的に縮小した後に、 令和10年3月末をもって廃園することは、小金井市の持続可能で豊かな未来と、現 在そして未来の子どもたちのために必要であるという考えに変わりはなく、専決処分 によって改正した小金井市立保育園条例を再度改正する意思はございません。
したがいまして、地方自治法第179条第4項に基づき、私が市長という職を辞す ることをもって「必要な措置」と」すると市議会に報告し、辞職した(cf.3)。
⑥ 令和4年11月27日、西岡市長の辞職にともなって行われた市長選挙で、「条例の再改正で「専決処分前の状態に戻す」との考えを示し、3園廃園方針の撤回も訴えた」白井亨・元市議が当選した。
⑦ 令和4年12月21日、選挙公約を果たすべく白井市長が「小金井市立保育園条例の一部を改正する条例を廃止する条例」案(議案第72号)を市議会に提出したが(cf.4)、12月26日の本会議で、起立採決の結果、起立少数により否決された。
⑧ 令和5年2月17日、白井市長が「小金井市立保育園の在り方検討委員会設置条例」案(議案第19号)を市議会に提出したが(cf.5)、3月、市議会により否決された結果、白井市長は、身動きが取れない状況に追い込まれている(cf.6)。
さて、ここからが本題。前述したように、専決処分により条例が一部改正された後で、議会がこの専決処分を不承認とした場合に、この専決処分の効力は有効であると解されている。
西岡市長の専決処分により成立した「小金井市立保育園条例の一部を改正する条例」は、有効なのだ。
私が気になったのは、この「小金井市立保育園条例の一部を改正する条例」を廃止する方法だ。
この点、白井市長は、「小金井市立保育園条例の一部を改正する条例を廃止する条例」を市議会へ提出した。従来の法制執務では、条例を廃止する場合には、これを廃止する旨の条例を制定するのがセオリーだからだ。
前述したように、この「小金井市立保育園条例の一部を改正する条例を廃止する条例」は、市議会により否決されたのだが、仮にこれが可決された場合にはどうなるのだろうか?
専決処分により「小金井市立保育園条例の一部を改正する条例」は、有効に成立しているので、小金井市立保育園条例(A)は、溶け込み作業(書き換え作業)により条例の内容が変更されることになる(B)。
ところが、「小金井市立保育園条例の一部を改正する条例を廃止する条例」が仮に可決された場合には、公布の日までは小金井市立保育園条例の内容は、Bのままだが、公布の日からは小金井市立保育園条例の内容は、元のAになる。
つまり、専決処分による改正により一旦消えた条例の内容(A)が公布の日から突然復活することになるわけだ。
専決処分による改正により消えた条例の内容(A)は、現行の例規集には載っていないし、「小金井市立保育園条例の一部を改正する条例を廃止する条例」にも載っていないのに、公布の日から突然復活することになり、住民の予測可能性を奪うことになるのではないだろうか。
死んだ人間が無色透明の幽霊になったのに、突然目の前に実体を伴って生き返るようなもので、びっくり仰天だ。
そうだとすれば、従来の法制執務のセオリーとは異なるが、議会により不承認とされた専決処分によって条例の一部が改正された場合に、この一部改正条例を廃止するには、例外的に、専決処分による改正により消えた条例の内容(A)を追加する一部改正条例を制定する方法を採るのが望ましいのではなかろうか。
これら二つの方法は、招来する結果が実質的に同じだが、みなさんは、どのようにお考えだろうか?
cf.1
cf.2
cf.3
cf.4
cf.5
cf.6
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