1 我が国の場合
行政活動は、法律(条例を含む。)に基づかなければならない。これを法律による行政の原理という。
行政機関を民主的にコントロールして、行政機関による人権侵害を防止する趣旨だ。
この法律による行政の原理からすれば、行政活動に関して法律で細かい事項についてもすべて定めるのが望ましいはずだ。
しかし、行政について素人である国会は、法律で骨組みを作って、その肉付けを行政のプロである内閣等の行政機関に委任し、行政機関がその授権に基づいて政省令を制定している。
「餅は餅屋」で、現場をよく知る行政機関に肉付けを委ねた方が現場に即した柔軟な法律の解釈運用が可能になるからだ。
また、法律による行政の原理からすれば、「2日以内に」とか「10%」とか明確な言葉(確定概念)で法律の条文のすべてを定めるのが望ましいはずだ。
しかし、全知全能の神にあらざる国会が将来起こり得るあらゆる事態を想定して、あらかじめ明確な言葉で条文を定めておくことは、事実上不可能だし、また、行政の現場の判断を尊重した方が望ましい場合もある。
そこで、「相当な期間内に」や「必要な措置」などの曖昧な言葉(不確定概念)を条文に用いることがある。このように法律の規定が不明確なために行政機関が独自に法律を解釈適用しうる行政行為を裁量行為という。
この裁量行為の内容が通常人でも判断できるものである場合には、裁判所も経験則・社会通念を規準に適法か違法かを判断できるから、取消訴訟(司法審査)の対象になる。これを覊束(きそく)裁量行為という。
これに対して、その裁量行為の内容が政策的・専門技術的判断を必要とするものである場合には、行政について素人である裁判所は、行政のプロである行政機関の判断を尊重して、原則として、取消訴訟(司法審査)の対象にならない。これを自由裁量行為という。
ただし、自由裁量行為といえども、法の枠内で認められているにすぎないから、行政機関が裁量権を逸脱・濫用した場合には、その裁量行為は違法になり、例外的に取消訴訟(司法審査)の対象になる(行政事件訴訟法第30条)。
2 米国の場合
法律で骨組みを作って行政機関が肉付けをしたり、法律の条文の文言に曖昧な言葉(不確定概念)を用いざるを得ないことは、米国も、日本と同様なのだが、解決の仕方が異なる。
1984年、漁業規制をめぐる訴訟で、米国連邦最高裁は、法律に曖昧な条文がある場合に規制当局がそれを解釈できると判示した。これをChevron doctrine「シェブロン法理」という。行政の専門的知識と判断を尊重するものだ。
なお、「シェブロン法理」にいう「シェブロン」は、米国石油大手シェブロンの子会社シェブロンU.S.Aを指す。
共和党レーガン政権が大気汚染規制を米環境保護庁(EPA)の法解釈に基づいて緩和しようとしたら、環境保護団体である天然資源保護協議会(NRDC)が「EPAの緩やかな施行規則は無効」と主張して訴えを起こしたところ、1審・2審とも原告が勝訴したことから、利害関係者であるシェブロンU.S.A.が訴訟参加して連邦最高裁に上告したのが「シェブロンU.S.A.対天然資源保護協議会(NRDC)事件」であり、その連邦最高裁判決で示された法理が「シェブロン法理」と呼ばれるようになったわけだ。
さて、米国連邦議会は、民主党と共和党の勢力が拮抗し政策を決められない機能不全状態に陥っていたため、民主党のオバマ政権・バイデン政権は、この「シェブロン法理」を根拠に、環境保護、教育、医療、消費者保護、金融監督などの行政分野で、新たな施行規則を定めて党派性の高い政策を次々に実施してきた。
換言すれば、民主党政権は、この「シェブロン法理」を根拠に、政府の権限を拡大し(大きな政府)、規制の網を広げ続けてきたわけだ。
これに対して、小さな政府を目指す共和党やビジネス界は猛反発していた。
しかし、下記の記事にあるように、この「シェブロン法理」と呼ばれる40年間続いた行政法の考え方が、2024年6月28日、米国連邦最高裁によって覆された。
すなわち、規制をめぐる法律が曖昧な場合に政府機関が解釈できるとした判例を無効とし、「裁判所は、政府機関がその法的権限の範囲内で行動したかどうかを判断する際、独自の判断を行使する必要がある」と判示している。
保守派判事6人が「シェブロン法理」無効を支持し、リベラル派判事3人が反対した。トランプ元大統領が保守派の判事を連邦最高裁に送り込んだ策が功を奏したわけだ。
「シェブロン法理」が否定された結果、今後は政府の権限が縮小することなり、バイデン政権は窮地に立たされる。
法解釈をめぐる行政と司法の綱引きの背景に、規制をめぐる民主党と共和党の考え方の違いがあるのがアメリカらしくて興味深い。
専門家によるより詳しい法学的解説は、下記の記事が参考になる。
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