下記の2つの記事によると、7月12日に「百条委員会に関する各種服務について」という文書が兵庫県の各部総務課の副課長らを集めた会議で配布されたそうだ。
これには、
①「百条委員会が実施するアンケートに、職員が勤務時間中に回答を作成する場合は、「職務に専念する義務の免除の申請および承認手続きが必要」とされていること。」
②「委員会から、職務上の秘密または職務上知りえた秘密が含まれる事項について出頭または出席の請求があった職員は守秘義務免除の申請手続きを行わねばならない」、「(守秘義務免除の)対象となる内容は最小限のものとする」、「各部総務課あてに申請し、各部総務課長が承認」する
と記載されていたらしい。
上記JBpressの記事は、「作曲=指揮、時空間イメージの創造・創出」を研究テーマとしている東京大学大学院 情報学環 伊東 乾(けん)教授が執筆したものであって、県職員の証言を妨害する「内部通達文書」だと断定しているのだが、果たしてそうだろうか。
「坊主憎けりゃ袈裟(けさ)まで憎い」(「その人を憎むあまり、その人に関係のあるものすべてが憎くなるというたとえ。」『大辞泉』小学館)であって、法解釈を誤った意見だと考える。
まず、①の職務専念義務(地方公務員法第35条)から考えてみよう。
地方公務員法第35条にいう職員の「職責」とは、「地方公共団体がなすべき責を有する職務のうち個々の職員に割り当てられた職務と責任をいうものであるが、その内容は、通常、組織規程、事務処理規程などによって一定しているものである。しかし、その職責は固定的なものではなく、宿日直の命令や非常緊急の場合における災害救助に関する命令、部内の他の事務または他の機関の事務に一時従事すべき命令、その他の特命を受けることによって弾力的に変更されるものである。」と解されている(橋本勇『新版逐条地方公務員法<第2次改訂版>』学陽書房、645頁。下線:久保)。
百条委員会が実施するアンケートに回答することは、職員の「職責」すなわちあらかじめ個々の職員に割り当てられた職務と責任ではないので、勤務時間中に当該回答をすることは、原則として、職務専念義務に違反する。
百条委員会が実施するアンケートに回答すべしとの職務命令を受けた場合には、当該アンケートに回答することは「職責」に当たるので、勤務時間中に回答することは、職務専念義務に違反するものではない、ということになりそうなのだが、上司の職務命令が適法であるためには、その上司に権限がなければならないところ、100条調査権は議会の権限であって、執行機関に属する上司にはその権限がないから、百条委員会が実施するアンケートに回答すべしと職務命令を発することができないのだ。
したがって、仮に百条委員会が実施するアンケートに回答すべしとの職務命令を受けたとしても、当該アンケートに回答することは、職員の「職責」に当たらないので、勤務時間中に回答することは、職務専念義務に違反することになる。
ただし、「法律又は条例に特別の定がある場合」には、職務専念義務を免除してもらえば、勤務時間中に回答することが許されることになる。
この点、兵庫県議会が設置した百条委員会のアンケートに回答することは、兵庫県の「職員の職務に専念する義務の特例に関する条例」第1項第3号の「人事委員会(企業職員にあっては、任命権者)が定める場合」を受けて制定された「職務に専念する義務の特例に関する規則」第2条第1号の「職務遂行に関し密接な関連のある…地方公共団体…の職務に従事する場合」に該当するから、あらかじめ任命権者の承認を得れば、職務専念義務が免除され、勤務時間中に当該アンケートに回答することが許されることになる。
すべての兵庫県職員がこのようなことを熟知しているとは限らないから、職員が職務専念義務違反として懲戒処分の対象にならぬように通達したと考えるのが妥当だと思う。
cf.1地方公務員法(昭和二十五年法律第二百六十一号)
(職務に専念する義務)
第三十五条 職員は、法律又は条例に特別の定がある場合を除く外、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。
cf.2兵庫県の「職員の職務に専念する義務の特例に関する条例 (昭和38年4月1日条例第33号)」
職員は、次の各号のいずれかに該当する場合においては、あらかじめ任命権者(教育長にあっては、教育委員会)の承認を受けて、その職務に専念する義務を免除されることができる。
(1) 研修を受ける場合
(2) 厚生に関する計画の実施に参加する場合
(3) 前2号に掲げる場合のほか、人事委員会(企業職員にあっては、任命権者)が定める場合
cf.3兵庫県の「職務に専念する義務の特例に関する規則( 昭和39年7月17日人事委員会規則第11号)」
(職務に専念する義務の免除)
第2条 職員は、次の各号のいずれかに該当する場合においては、あらかじめ任命権者又はその委任を受けた者の承認を得て、その職務に専念する義務を免除されることができる。
(1) 職務遂行に関し密接な関連のある国若しくは地方公共団体又は公共的団体の職務に従事する場合
(2) 職務遂行に関し密接な関連のある国若しくは地方公共団体又は公共的団体が設置する審議会、委員会、学会、研究会等に出席する場合
(3) 地方公務員災害補償法(昭和42年法律第121号)第51条第1項及び第2項の規定により、公務災害補償に関する審査請求若しくは再審査請求をし、又はその審理に出頭する場合
(4) 地方公務員法(昭和25年法律第261号。以下「法」という。)第46条の規定により、勤務条件に関する措置の要求をし、又はその審理に出頭する場合
(5) 法第49条の2第1項の規定により、不利益処分に関する審査請求をし、又はその審理に出頭する場合
(6) 勤務条件に関し、又は社交的若しくは厚生活動を含む適法な目的のため、県当局に対し、不満を表明し、又は意見を申し出る場合
(7) 本県の行う任用試験又は職務の遂行に必要な資格試験を受験する場合
(8) 公益上又は職務に関連のある研修会、講演会等に参加し、又はそれ等の講師となる場合
(9) 消防法(昭和23年法律第186号)第25条による緊急な消火作業を行つた場合若しくは災害救助法(昭和22年法律第118号)第24条及び第25条による災害救助作業に従事した場合又は水防法(昭和24年法律第193号)第24条による水防作業に従事した場合
(10) 国若しくは地方公共団体又はこれに類する団体が主催する健全な運動競技会の業務に従事し、又は選手として出場する場合
(11) 妊娠中の女性職員の業務が母体又は胎児の健康保持に影響があるため、適宜休息し、又は補食する場合
次に、②守秘義務(地方公務員法第34条第1項)について検討しよう。
「法令による証人、鑑定人等となり、職務上の秘密に属する事項を発表する場合においては、任命権者…の許可を受けなければならない」とされている(地方公務員法第34条第2項)。
「法令による証人、鑑定人等」となる場合としては、普通地方公共団体の議会が、当該普通地方公共団体の事務に関する調査を行い、選挙人その他の関係人の出頭及び証言並びに記録の提出を請求する場合(地方自治法第100条第1項)がまさにこれに当たる。
百条委員会に出頭した職員が職務上の秘密に属する事項を発表するためには、任命権者の許可を受けて守秘義務を免除してもらう必要があるのだ。
兵庫県で百条委員会が設置されるのは51年ぶりであり、兵庫県のすべての職員がこれを熟知しているとは限らないので、職員が守秘義務違反として処罰されたりせぬように周知させる主旨で通達したと考えるのが妥当だ。
JBpressの記事は、「「各部総務課あてに申請し、各部総務課長が承認」するというのですが、これは百条委員会の法源である地方自治法第100条に明確に違反する不法な内規が発されているので、直ちに撤廃させねばなりません。」、「兵庫県の人事が県庁内に流した通達は「議会の調査権」よりも調査される側の県庁内、各部署の「総務課・総務課長職の承認」が優先すると、言って」おり、「兵庫県議会百条委員会の調査権を、県庁の「総務課長職」が制限という、明らかに違法な「内部通達」です」と述べているが、これらはすべて伊東教授の地方公務員法に関する無知と誤解に基づくものだ。
当該通達は、正しい法解釈に基づく適法な内容の通達なのだ。決して百条委員会の調査を妨害することを意図したものではなく、むしろ職員に正しい知識を伝えて職員の身を守るものであると同時に、これ以上不祥事が起きぬよう予防するものなのだ。
なお、蛇足だが、前述したように、職務専念義務の免除(「承認」)にせよ、守秘義務の免除(「許可」)にせよ、知事等の「任命権者」が行うのが建前になっている。
しかし、「任命権者」(地方公務員法第6条第1項)は、その「権限の一部をその補助機関たる上級の地方公務員に委任することができる」とされている(地方公務員法第6条第2項)。
そこで、兵庫県の場合には、この地方公務員法第6条第2項に基づいて、職務専念義務の免除(「承認」)及び守秘義務の免除(「許可」)の権限を各部総務課長に委任しているのではないかと思ったのだが、兵庫県の例規集を見たところ、権限の委任ではなく、知事に権限を留めたままで、その決裁権(知事の権限に属する事務について最終的にその意思を決定すること)を各部総務課長に与えて職務専念義務の免除(「承認」)及び守秘義務の免除(「許可」)を専決させていることが分かった(兵庫県の「決裁規程」第9条第2項第11号・第3項第12号ア、第9条第3項第11号)。
つまり、職務専念義務の免除(「承認」)及び守秘義務の免除(「許可」)の申請は、知事にまで上がらずに、各部総務課長が知事に代わって常時最終的な意思決定を行うことになっている。
cf.4地方公務員法
(秘密を守る義務)
第三十四条 職員は、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も、また、同様とする。
2 法令による証人、鑑定人等となり、職務上の秘密に属する事項を発表する場合においては、任命権者(退職者については、その退職した職又はこれに相当する職に係る任命権者)の許可を受けなければならない。
3 前項の許可は、法律に特別の定がある場合を除く外、拒むことができない。
cf.5地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)
第百条 普通地方公共団体の議会は、当該普通地方公共団体の事務(自治事務にあつては労働委員会及び収用委員会の権限に属する事務で政令で定めるものを除き、法定受託事務にあつては国の安全を害するおそれがあることその他の事由により議会の調査の対象とすることが適当でないものとして政令で定めるものを除く。次項において同じ。)に関する調査を行うことができる。この場合において、当該調査を行うため特に必要があると認めるときは、選挙人その他の関係人の出頭及び証言並びに記録の提出を請求することができる。
(第2項以下、省略:久保)
cf.6兵庫県の「決裁規程(昭和42年7月12日訓令甲第17号)」
(課長等専決事項)
第9条 課長又は室長が専決することができる事項は、第5条から第7条まで及び次条に規定する事項以外の事項とする。
2 前項の規定により課長又は室長が専決することができる共通の事項は、おおむね次のとおりである。
(中略:久保)
(11) 所属の職員の職務に専念する義務を免除すること(第3項第12号ア及びイに掲げる場合を除く。)。
(中略:久保)
3 前項に規定する事項のほか、第1項の規定により総務部総務課長、企画部総務課長、財務部総務課長、県民生活部総務課長、危機管理部総務課長、福祉部総務課長、保健医療部総務課長、産業労働部総務課長、農林水産部総務課長、環境部総務課長、土木部総務課長及びまちづくり部総務課長が専決することができる共通の事項は、おおむね次のとおりである。
(中略:久保)
(11) 法令による証人、鑑定人等となった部内の職員(部長及び次長等を除く。)の職務上の秘密に属する事項の発表を許可すること。
(12) 部内の職員(部長及び次長等を除く。)の次に掲げる場合における職務に専念する義務を免除すること。
ア 職務執行に関し密接な関連のある国若しくは地方公共団体又は公共的団体の職務に従事する場合
イ 職務執行に関し密接な関連のある国若しくは地方公共団体又は公共的団体が設置する審議会、委員会、学会、研究会等に出席する場合
(以下、省略:久保)
<追記>
下記の記事によると、出頭要請の職員への事前承認の手続き不要になったそうだ。
https://www.mbs.jp/news/kansainews/20240730/GE00059249.shtml
しかし、どのような方法で不要にしたのかが記事からは明らかではない。
職務専念義務の免除については、あらかじめ任命権者である知事の承認さえあれば足りるから、問題はない。
しかし、守秘義務の免除については、「決裁規程」は、訓令だから、知事が変更することが可能なので、守秘義務の免除の許可を各部総務課長の決裁に委ねている現行の「決裁規程」を改正して、知事が自ら決裁することにした上で、今回の百条委員会に関しては、どの職員が証人として出頭するかが分からない段階で、一般的に事前に決裁したのか、それとも「決裁規程」を改正せずに、知事が一般的に事前の許可を与えたのかが不明なのだ。
地方公務員法第34条第2項が守秘義務の免除を任命権者の許可にかからしめたのは、行政上の利益と証人等として真実を発見するための利益とを調整するためだから、個別具体的な事案ごとに調整をせずに、広く一般的に事前に決裁ないし許可をすることが法の趣旨に適うのか疑問の余地がある。
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