お互い様

 入試シーズンが終わり、悲喜交々(ひきこもごも)だろう。入試に出題される古文の定番は、『源氏物語』、『枕草子』、『徒然草』だ。

 宮仕えの悲しさ、大学の先生方が入試問題を作成させられるのだが、面倒臭くて嫌で嫌で仕方がない。

 そこで、過去問を参考にするわけだ。上記3つは、人気がある作品で、研究がしっかりなされているため、解釈がほぼ固まっていて、出題後に難癖を付けられる心配が少ないので、これらを題材にするのが無難だということで、入試の定番になっているのだ。


 本棚を整理していたら、高校時代に読んだ川瀬一馬校注・現代語訳『徒然草』(講談社文庫)がひょっこり出てきた。パラパラっとページをめくったら、「相手側からも考えずに、アホか?」と書き込みがあった。昔から私は口が悪い。。。

 第百十七段だ(90頁)。


 友(とも)とするに悪(わろ)きもの七(ななつ)あり。

一(ひとつ)には高(たか)くやんごとなき人(ひと)、

二(ふたつ)には若(わか)き人(ひと)、

三(みつ)には病(やまひ)なく、身(み)強(つよ)き人(ひと)、

四(よつ)には、酒(さけ)を好(この)む人(ひと)、

五(いつつ)にはたけくいさめる兵(つはもの)、

六(むつ)には虚言(そらごと)する人(ひと)、

七(ななつ)には欲(よく)深(ふか)き人(ひと)。

 よき友(とも)三(みつ)あり。

一(ひとつ)にはものくるる友(とも)、

二(ふたつ)には医師(くすし)、

三(みつ)には智慧(ちゑ)ある友(とも)なり。


 現代語訳(244頁)

 友人とするのに、具合の悪いものが七つある。

第一には、身分の高貴な人。

第二には、若い人。

第三には、無病で強壮な人。

第四には、酒の好きな人。

第五には武勇にはやる武士。

第六には、うそをつく人。

第七には、欲ばりの人。

 よい友人に三つある。

第一には、物をくれる友人。

第二には医者。

第三には智慧のある友人である。


 確かに、

 身分の高貴な人と付き合うのは、なにかと物入りで、気を使って疲れる。

 若い人は、なにかと面倒を見なければならず、煩(わずら)わしい。

 無病で強壮な人は、パワーが有り余っていて、これに付き合わされると、疲れてしまう。

 酒癖の悪い人と付き合うと、迷惑をかけられる。

 乱暴者と付き合うと、揉め事に巻き込まれる。

 嘘つきと付き合うと、騙される。

 欲張り者と付き合うと、羨(うらや)ましがられ、妬(ねた)まれ、くれくれと言われて煩わしい。

 

 これに対して、

 物をくれて、恩着せがましくない人が友人だったらお得だろう。

 医者が友人ならば、安心だろう。藪医者ではなく、友達思いの親切な医者限定だが。

 智慧のある人が友人だったら、学ぶことが多く、困った時に助けてくれるだろう。


 しかし、これらは、あくまでも吉田兼好にとって都合が良いお得な友人であって、相手側から見て吉田兼好がよき友人だとは限らない。

 

 すなわち、吉田兼好は、損得勘定だけで友人として付き合うかどうかを判断するのだが、この判断基準に従えば、例えば、智慧ある人が自分に及ばない吉田兼好と付き合うのは損だとして友達付き合いしてくれないことに考えが及ばない点で、吉田兼好はアホなのだ。

 孔子は、「己(おのれ)に如(し)かざる者を友とすることなかれ」と述べているので(『論語』)、なおさらだ。


 人間というものは、迷惑をかけることもあれば、かけられることもある。人間関係というのは、「お互い様」なのだ。ドライな欧米人ですら、ギブ・アンド・テイクと言うではないか。

 吉田兼好が「よき友」と呼ぶような、一方的に自分だけが得する人間関係なんぞあり得ないし、仮にあったとしても長続きしない。

 吉田兼好は、「友(とも)とするに悪(わろ)きもの」として、「七(ななつ)には欲(よく)深(ふか)き人(ひと)。」を挙げているのに、自分自身がこれに当たることに気付いていない点でも、アホだ。


 これからの日本を担う高校生たちに、損得勘定でしか人間関係を考えられない浅薄な人間観の『徒然草』を強制的に読ませるのは、いかがなものか。入試問題作成のあり方を見直すべきではなかろうか。

 



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