当該地方公共団体がなすべき責を有する職務

 地方公務員法(昭和二十五年法律第二百六十一号)第35条は、「職員は、法律又は条例に特別の定がある場合を除く外、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。」と定めている。職務専念義務だ。これに違反すると、懲戒処分の対象になる(下線:久保。以下、同じ)。


 この点に関して、令和7年6月16日、京都市の監査委員に対して住民監査請求が行われた。

 請求の趣旨は、下記のとおりだ。


⑴ 日本赤十字社は、国内の災害救護、医療、血液事業、救急法普及、社会福祉事業、 青少年赤十字活動、国際活動など、幅広い分野で人道的活動を行っている団体であ るが、地方公共団体に属する団体ではない

⑵ 日本赤十字社は、毎年4月に京都市の各区役所の区長、副区長、地域力推進室課 長、同室係長及び同室係員(以下「区長ら」という。)を日本赤十字社の各地区の 地区長、副地区長、幹事、事務係長及び事務委員に任命している。

⑶ 区長らは京都市の職員としての勤務時間中に日本赤十字社の寄付集めの活動 のための事務手続や要請活動などを長時間にわたって行っている

⑷ 上記活動は、京都市職員としての職務に関係のないものであり、京都市職員とし て職務専念義務に反するものである

⑸ 日本赤十字社は、区長らの上記活動について、京都市に対し、何ら費用弁償する こともしていない。

⑹ 以上のとおり、京都市は、自らの職員を日本赤十字社に無償で労務提供している のであり、京都市から相当の人件費相当額を不当に支出しているものであり、日本 赤十字社は、当該人件費相当額を不当に利得しているものである。

⑺ よって、請求人らは、京都市が日本赤十字社に対し、上記人件費相当額を返還さ せることを求めて本請求に及んだ。


 恥ずかしながら⑵⑶の事実を知らなかったので、正直驚いた。


 ただ、確かに、一見すると、職務専念義務違反のように思えるが、京都市の区長らが勤務時間中に従事している日本赤十字社の寄付集めの活動等が、地方公務員法第35条の「当該地方公共団体がなすべき責を有する職務」に当たると言えさえすれば、職務専念義務に違反するものではないと結論付けることができるのではないか、と思った。


 やはり京都市の監査委員も、同じ論理構成で、職務専念義務違反ではないと結論付けていた。


 まず、「なすべき責を有する職務」には、法第2条第8項及び第9項に定める 自治事務及び法定受託事務が含まれることは当然のこと、地方公共団体が公社な どの事務に職員を事務従事させるなど、地方公共団体の権限ある機関が適法にそ の共催や協力を決定した限りで、その事務も「なすべき責を有する職務」に含まれるものと解される(橋本勇著「新版 逐条地方公務員法〈第6次改訂版〉」 724・725頁参照)。

 また、地方公務員法第35条は、「すべて職員は、全体の奉仕者として公共の利 益のために勤務し、且つ、職務の遂行に当つては、全力を挙げてこれに専念しな ければならない」とする同法第30条の規定を具体化したものであるところ、同条 は地方公務員がその職務として特定の団体の行う活動に協力することを一切禁止 するものではなく、同条により禁止されるのは、住民全体の利益である公共の利 益のために行われるのではなく、協力の相手方など一部の者の利益のために行わ れる行為であると解するのが相当とされる(東京高等裁判所平成23年1月31日判 決参照)。

 これらを踏まえると、他の団体に協力して、その団体の事務に従事する場合 においても、その事務がその団体などの一部の利益のためでなく、住民全体の利 益である公共の利益のために行われるものであると評価される場合には、地方公 務員法第35条に規定する「なすべき責を有する職務」に従事したものとして、同 条の職務専念義務に違反しないものであるというべきである。


 日本赤十字社の業務及び事業の公益性、日本赤十字社と地方公共団体の協力関係を認定した上で、京都市の区長等が従事していた事務は、いずれ も、公共性の高い日本赤十字社が地域における公共的な役割を果たしていく ための事務協力としてなされるものであり、その目的は、日本赤十字社とい う一法人の利益を図ることではなく、あくまで、住民の安全、健康及び福祉 の維持や防災、罹災者の救護といった住民全体の利益である公共の利益を図 るためであるというべきである。 

 そうすると、区長らが行っていた活動については、日本赤十字社への協力 業務として適法な職務行為というべきであり、地方公務員法第35条の職務専念 義務に違反するものとは認められない、と結論付けている。


 妥当だと思う。

 

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