法務省刑事局が調査・作成した『侮辱罪の事例集』が法務省のHPにアップされている。ざっと見て、心に留めておくのが無難だ。
名誉に対する罪の保護法益は、外部的名誉、すなわち人の価値に対して社会的に与えられる価値判断だと考えられている。
名誉の主体としての「人」は、自然人のみならず法人や法人格を有しない団体も含むが、特定人であることを要するから、例えば、「昭和生まれの者」という漠然とした集団を対象とした場合には、それが特定人を指すのでない限り、犯罪にならない。
そして、名誉に対する罪は、危険犯(抽象的危険犯)であって、現実に外部的名誉が侵害されたことを要せず、侵害の危険が生ずれば足りる。
「侮辱」は、必ずしも行為者の軽蔑の意思若しくは感情の表示たることを必要とせず、一般に社会的評価を害うと解せられる表現たるを以って足ると解されている。
表示の内容は、他人の能力、徳性、身分、身体の状況などのどれでもよい。表示の方法は、問わないから、口頭でも、文書でも、動作でもよい。
「侮辱」は、事実を摘示しないで行われる点で、名誉毀損行為と区別される。
侮辱罪には、事実の証明に関する規定(刑法第230条の2)の適用はないが、行為が社会的相当性を有するときは、違法性を阻却する。とくにいわゆる「公正な評論」は、批判された者の外部的名誉を傷つけ、その名誉感情を害することがあっても、侮辱罪を構成しないと解されている。
世の中には、本当に馬鹿がいるので、馬鹿に向かって「馬鹿」と言うと侮辱罪になるというのも変な話だが、馬鹿にも外部的名誉があるからというのが判例・通説だ。
「悪法もまた法なり」と思って、特定人に向かって言わないことだ。
一番良いのは、「君子危うきに近寄らず」で、馬鹿に関わらないことなのだが、「義を見てせざるは勇無きなり」(人として当然行うべき正義と知りながら実行しないのは、勇気がないからだ)なので、「馬鹿」と言わずに、毅然たる態度で臨むしかない。
なお、侮辱罪は、親告罪だから(刑法第232条)、誰が「馬鹿」と言ったか、犯人を特定できなければ、告訴しようがない、という抜け道がある。
また、示談にすれば、告訴されずに済む、という抜け道もある。
cf.刑法(明治四十年法律第四十五号)
(名誉毀損)
第二百三十条 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。
2 死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。
(公共の利害に関する場合の特例)
第二百三十条の二 前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
2 前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。
3 前条第一項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
(侮辱)
第二百三十一条 事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、一年以下の拘禁刑若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
(親告罪)
第二百三十二条 この章の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
2 告訴をすることができる者が天皇、皇后、太皇太后、皇太后又は皇嗣であるときは内閣総理大臣が、外国の君主又は大統領であるときはその国の代表者がそれぞれ代わって告訴を行う。
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