ポケットとコート

 両手をトラウザーズのポケットに突っ込んでチンピラみたいに凄んでいる中国外務省の劉勁松(りゅう けいしょう)アジア局長の外交官にあるまじきマナー違反が話題になっている。

 英国では、トラウザーズのポケットに両手を突っ込むのは、無作法だとされている。そのため、昔ながらの礼儀作法を重んじる英国のパブリックスクールでは、トラウザーズのポケットを糸で縫い付けるところもあるらしい。

 ただ、チャールズ国王陛下は、たまに左手をトラウザーズのポケットに突っ込んでいるけど。癖なのか、威厳を緩めてリラックスした雰囲気を出して、親しみやすさを演出しているのかは、分からないが、国王だからこそ許されるのであって、一般人は、真似しない方がよい。


 これに対して、最近の米国では、テック企業のCEOがTシャツやトレーナーにジーンズ姿で、片手をジーンズのポケットに入れて、リラックスした雰囲気を醸し出し、プレゼンテーションの真実味を増す演出が意図的に行われているようだ。躾を受けていない成り上がりだからという可能性もあろうが、これが米国社会で受け入れられているということは、「所変われば品変わる」だ。


 「所変われば品変わる」と言えば、コートの扱いも、日本と西洋では異なる。


 誰が言い出したのかは知らぬが、日本では、他家の玄関に入る前にコートを脱ぐことがマナーだと言われることが多い。埃を他家に持ち込まないようにするためだという。そのため、脱いだコートの表地を内側にして、折りたたんで腕に掛けて持てと言われる。裏地を外側にすることにより、表地が汚れないようにする効果もある。

 昔は、どこの家にも、玄関や応接間に人の背丈ほどある木製のコートハンガーラックが置かれていて、帽子とコートを掛けられるようになっていた。母も、お客様からお預かりしたコートと帽子をブラッシングしてラックに掛けていた。

 今は、道路が舗装され、埃や砂埃が舞い上がることもなくなったからだろうか、このマナーを守っている人は、少なくなったように思う。ドラマ『相棒』の主人公杉下右京は、このマナーを守っていない。制作がテレビ朝日だから、当然か。苦笑


 これに対し、西洋では、コートを着たまま他家に入る。昔から石畳で舗装されて埃が舞うことがほとんどないし、そもそも土足のままで他家に入るのだから、コートに付いた埃を気にするはずもない。

 西洋では、訪問先の主人から「どうぞコートをお脱ぎ下さい」と言われてからコートを脱ぐのがマナーだ。コートを脱ぐということは、長居をするということを意味するから、訪問先の主人から「コートを脱ぐように」と言われていないのに、勝手にコートを脱ぐことは、図々しいわけだ。

 日本で言えば、訪問先の主人から「どうぞお上がり下さい」と言われていないのに、勝手に靴を脱いで家に上がり込むようなものだと言えば、分かりやすいだろう。

 シャーロック・ホームズやエルキュール・ポワロも、聞き込み捜査で訪れた他家にコートを着たまま入っている。「長居はしません、ちょっとお訊ねしたら、直ぐに失礼します」という意味合いがあるわけだ。訪問先の主人から「どうぞこちらへ」と着席を勧められたら、コート・帽子・手袋を脱いで、ステッキとともに執事に渡している。

 ドラマや映画も、注意深く見ると、勉強になるのだ。


 現代の日本では、西洋式が理に適っていると思うので、自治体職員研修の際には西洋式にコートを着たまま庁舎・会場に入るが(以前は、日本式に従って、庁舎の玄関(裏口・職員専用通用口)に入る前にコートを脱いでいたが、朝早く開庁前のため、暖房が効いておらず、風邪を引きかねないので、今は西洋式に従っている。)、旧家を訪問する際には日本式でという風に、使い分けている。







源法律研修所

自治体職員研修の専門機関「源法律研修所」の公式ホームページ