例規の中のクリスマス

 仕事帰りに、今日は給料日だからと、ちょっと寄り道して生ビールをゴクゴクぷはぁーッ♪

な〜んてやっている「毎月25日は給料日弁慶」のお父さんたちも、12月25日だけは寄り道せずに真っ直ぐ帰宅なさっていることだろう。


 12月25日は、イエス・キリストの誕生を祝う日だが、実はこの日は、イエス・キリストの誕生日ではない。新約聖書には、イエス・キリストの誕生日が明記されておらず、誕生日が不明だからだ。言い換えれば、初期キリスト教がというよりも、当時の人々が、誕生日を重要視していなかった証左だ。

 古代ローマ時代の宗教の一つであるミトラ教では、12月25日に太陽神ミトラを祝う冬至の祭りが行われていたそうで、キリスト教が国教化される過程でこの祭りを取り込んでクリスマスとしたのだろうと言われている。


 クリスマス(Christmas)は、キリスト(Christクライスト)のミサ(massマス)に由来する英語だ。「X'mas」や「X'Mas」の「X」は、Christを表すギリシア語 Χριστος(クリストス)の頭文字だ。


 クリスマスと言えば、サンタさん。クリスマス・イブ(Christmas Eve:12月24日の夜。Eveはeveningのこと。)に子供たちにプレゼントを配るとされるサンタクロース(Santa Claus)は、東ローマ帝国の属州で現在のトルコ南岸にあったリキュアの主教である「ミラの聖ニコラオス」がモデルだと言われている。

 この坊さんは、教区内にある貧家の三姉妹が親に売り飛ばされそうだという話を聞いて哀れに思い、窓又は煙突から金貨を投げ入れたところ、たまたま部屋干していた靴下に金貨が入り、この金貨のおかげで身売りを免れたそうで、この逸話に尾鰭(おひれ)が付いて、サンタさんが煙突から入り、靴下にプレゼントを入れるというお馴染みのお話に発展したらしい。

 聖ニコラオスは、東ローマ帝国の正教会の坊さんなのに、西ローマ帝国のカトリック教会においても、尊敬を集め、無実の罪に苦しむ人の守護聖人とされている。生前は、貧しき者及び弱き者並びに無実の者のために尽力したお偉い坊さんだったかららしい。

 聖ニコラオスは、オランダではシンタクラースと呼ばれ、シンタクラース祭が行われていたそうで、17世紀に移民したオランダ人によってこの風習がアメリカにもたらされると、「サンタクロース」と呼ばれるようになり、我が国でもサンタさんとして親しまれるようになったわけだ。


 「七福神」のうち、恵比寿天(えびすてん)以外はもともと外国の神仏だから、「七福神」にサンタさんも加えて、「八福神」にしてはどうかとさえ思えるぐらいだ。大きな袋を背負って宝を与えるぽっちゃり布袋尊(ほていそん)とキャラが被るとおっしゃるかも知れないが、そもそも大きな袋を背負ったぽっちゃり大黒天(だいこくてん)とキャラ被りまくりだから、ぽっちゃりサンタさんと3人で袋トリオになった方が5対3でバランスが取れ、末広がりの「八」で良さそうな気がするのだが。


 冗談はさて置き、我が国でいつ頃からクリスマスが祝われるようになったのかについては、専門家の研究に譲るとして、昭和・平成・令和を生きてきた私の勝手な想像だが、クリスチャンではない一般家庭で広くイベント化したのは、アメリカのホームコメディドラマ『奥様は魔女』がきっかけではないかと思われる。

奥様は魔女 第14話 北極のサンタクロース

 高度成長期にこのドラマがテレビ放送され、アメリカの豊かな家庭生活と風習に憧れを抱いた私の親世代のニーズに応えるべく、商魂たくましい各企業がクリスマス商戦を展開したように記憶している。


 私の想像は、中らずと雖も遠からずのような気がするのだが、なんにせよ、クリスチャンが行うクリスマスを除き、すっかり大衆化したクリスマスは、宗教色が消え去り、世俗化されてしまった。

 そのため、国公立の学校等でクリスマスツリーを飾ったり、クリスマスソングを歌ったりしても、当該行為の目的が宗教的意義をもち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為でない限り、政教分離の原則を採っている日本国憲法(第20条第1項後段・第3項、第89条前段)に違反しないと考えられている。


 そこで、「条例Webアーカイブデータベース」で「クリスマス」を検索すると、102件ヒットした。そのうちの69件が関東だ。関西では、三重県4件と神戸市1件だ。

 このデータベースは、三重県を関西に含めているが、若干違和感がある。三重県庁によると、三重県は、中部地方にも近畿地方にも含まれるそうだ。この点については、いずれ別の機会に考えてみたい。

 話を戻すと、クリスマスという言葉を用いている例規や行政規則は、①クリスマスセール等の店頭装飾物を取り締まる広告物条例や同施行規則、②クリスマス会を行う保育所及び高齢者施設の運営規則並びにこれらの施設への補助金交付規則等が大部分を占める。 

 面白いのは、三重県を除く関西では、①②がないことだ。①がないのは、他の広告物と特に区別すべき必要性がないからかも知れない。②がないのは、クリスマスがキリスト教由来だからといって目くじらを立てない宗教的におおらかな土地柄で、クリスマスの世俗化と相まって、わざわざ例規等に明記する必要性がないからかも知れない。

 宗教的おおらかさを如実に物語るのが、和歌山県岩出市だ。上記データベースで「サンタクロース」を検索すると、「岩出市イメージキャラクターの使用に関する規則」が1件だけヒットした。

岩出市のゆるキャラは、「そうへぃちゃん」だ。僧兵は、仏教を護持せんと鎧を身に付け薙刀などの武器で武装した下級僧侶であって、武蔵坊弁慶が典型例だが、無論「そうへぃちゃん」は武装していない。

 岩出市の当該規則には、なんと、この「そうへぃちゃん」がサンタクロースの衣装を着たデザイン図が掲載されている!もう仏教なのかキリスト教なのか訳が分からない!笑

http://www.city.iwade.lg.jp/reiki_int/reiki_honbun/r352RG00000520.html


 さて、ここからは蛇足だ。クリスマスに馬鹿騒ぎするのは、クリスチャンに失礼だと思って、毎年、クリスマスが近づく今頃から、チャールズ・ディケンズの小説『クリスマス・キャロル』を読み始めることにしている。もう30年近く続けている年中行事だ。私はクリスチャンではないが、この本を読むと、1年間に溜まった心の垢が落ちて、晴朗な気持ちで新年を迎えられるような気がするから不思議だ。対人関係や仕事で疲れた方におすすめだ。


 おすすめついでに、曲もご紹介しよう。Mariah CareyのAll I Want For Christmas Is Youは、明るく伸びやかな歌声とリズミカルな曲調で元気が出て好きなのだが、歌詞がストレートすぎるぐらいストレートな求愛ソングだから、歌詞に耳を傾けると、露骨すぎて、げんなりする。

 お若い方は、眠くなるだろうが、1942年の映画『スイング・ホテル』の挿入歌であるBing CrosbyのWhite Christmasをあえておすすめしたい。今でこそクリスマス=ホワイト・クリスマスだが、このイメージが定着したのは、この曲がきっかけだからだ。

 この曲がヒットしたのは、当時アメリカが枢軸国と戦争中で、遠い異国で戦っている自分の父や兄弟、夫や恋人と一緒にクリスマスを過ごしたいという願いがさり気なく歌詞に込められており、陰鬱で血生臭い戦争が終わり、1日でも早く白雪が象徴する平和が訪れてほしいと願う当時のアメリカ人の心を打ったからだろう。All I Want For Christmas Is Youも愛する人と一緒にクリスマスを過ごしたいという心情を歌っているのに、歌詞がずいぶん異なるのは、時代の差だろうか。

 この曲の大ヒットを受けて作られた映画が『ホワイト・クリスマス』で、この曲がそのまま使われている。


 

 



源法律研修所

自治体職員研修の専門機関「源法律研修所」の公式ホームページ