法服 <追記>

 昨日は、成人の日。みなさんは、成人式に出席なさったのだろうか。私は、くだらない政治屋たちの話を聞きたくなかったので、成人式を欠席し、自宅で民事訴訟法の教科書を読んでいた記憶がある。


 学生時代に民事訴訟法を教えて下さった先生は、7か国語に堪能で、戦後、20代前半で最高裁調査官を拝命した秀才。将来の最高裁判事を嘱望されていたのに、研究者へ転向された元高裁判事だった。


 民訴(みんそ。民事訴訟法を略して、民訴という。)は、無味乾燥で眠くなるので、昔から「眠素(みんそ)」と呼ばれていたからだろうか、時々、講義の合間に雑談を入れておられた。


 ある日、先生が「裁判官が法服を着るのはなぜか?」と問われた。先生に当てられた私は、「裁判官の個性を消すためではないでしょうか。」と答えたら、「違う。証人の気が散らないようにするためだ。」と教えて下さった。

 そして、昔の裁判所には冷房がなかったので、夏になると、法服の下はランニングシャツとパンツ一丁で、水の入ったバケツ2つに足を突っ込んで、団扇でパタパタと法服の裾から風を送りながら、裁判を行っていたそうだ。笑

 現在の法服は、ポリエステル100%だが、先生の時代は、絹でできた黒羽二重だったそうだから、汗が染み込んだ法服の洗濯には苦労なさったことだろう。


 ところで、戦前の法服は、閻魔大王の衣装のような支那風のデザインだった。この点に関し、穂積陳重先生の『法窓夜話』の「二二 法服の制定」に面白いエピソードがあるので、ご紹介しよう。


 「法官および弁護士が着用する法服は、故文学博士黒川真頼君の考案になったものである。元来欧米の法曹界では、多くは古雅なる法服を用いて法廷の威厳を添えているので、裁判所構成法制定当時の司法卿山田顕義伯は、我国でもという考えを起し、黒川博士にその考案を委託した。それで博士は、聖徳太子以来の服制を調査し、これに泰西の制をも加味して、型の如き法帽法服を考案せられたのであるという。  

 この法服の制定せられた頃の東京美術学校の教授服もまた同じく黒川博士の考案に依って作られたもので、且つその体裁は極めて法服に似寄っておった。その頃、同博士は美術学校の教授をしておられたのであるが、教授服と法服との類似のために、はからずも次の如き笑話が博士自身の上に起ったことが「逸話文庫」に載せてある佐藤利文氏の談話に見えている。  

 或日の事、一葉の令状が突然東京地方裁判所から黒川博士の許(もと)に舞い込んで来た。何事ならんと打驚いて見ると、来る何日某事件の証人として当廷に出頭すべしということであった。素(もと)より関係なき事故、迷惑至極とは思いながら、代人を立てる訳にも行かぬから、その日の定刻少々前に自ら裁判所に出頭せられたが、この時博士は美術学校の教授服を着用して出頭せられたのであった。すると、廷丁は丁寧に案内して、「まだ開廷には少々間がありますから、どうぞここにてお待ち下され」と言って敬礼して往った。博士は高い立派な椅子を与えられ、これに憑(よ)りかかってやや暫(しばら)く待っておられると、やがて開廷の時刻となり、判事らは各自の定めの席へと出て来たのである。と見ると、博士は赭顔鶴髪(しゃがんかくはつ)、例の制服を着けて平然判事席の椅子に憑(よ)っておられるので、且つ驚き且つ怪しみ、何故ここにおられるぞと尋ねると、博士は云々の次第と答えて、更に驚いた様子も見えない。判事らは余りの意外に思わず失笑したが、さて言うよう、「ここは自分らの着席する処で、証人はあそこに着席せられたし」とて、穏かにその席を示したので、博士もそれと分って、余りに廷丁の疎忽(そこつ)を可笑(おか)しく思われたということである。これは同博士の着けておられた教授服が、如何にも当時新定の法官服に類似していたために、廷丁は博士を一見して、全く一老法官が、何かの要事あって早朝に出頭したものと早合点をし、その来由をも質(ただ)さずして直ちに判官席に案内したからの事であった。博士は帰宅の後、「今日は黒川判事となった」と言われたという事である。昔、秦の商鞅(しょうおう)は自分の制定した法律のために関下(かんか)に舎(やど)せられず、「嗟乎(ああ)法を為(つく)るの弊一(いつ)に此(ここ)に至るか」と言うて嘆息したということであるが、明治の黒川真頼博士は自ら考案した制服のために誤って司直壇上に崇(あが)められた。定めて「法服を為るの弊一に此に至るか」と言うて笑われたことであろう。」

https://www.aozora.gr.jp/cards/000301/files/1872.html


 戦前の法服については、綺陽装束研究所の記事が詳しい。


 現在の法服については、 山中理司弁護士のブログが根拠規定等を引用して説明している。

 また、英国の法服については、駒澤綜合法律事務所のHPが写真入りで詳しい。

 英国の裁判所は、滑稽にすら思えるぐらい伝統を重んじており、羨ましい限りだが、我が国の成人式も負けてはいない。チンドン屋のような紋付きはいただけないが、振袖や紋付き羽織袴の新成人の前途が洋々たらんことを。


<追記>

源法律研修所

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