学生時代に、民法総則の授業で、「附款(ふかん)とは、主たる意思表示に附加された従たる意思表示をいう。」と習った。
年々記憶力が低下し、2日前に何を食べたかさえ覚えていないが、なぜか昔のことは覚えているもので、「法律行為とは、意思表示を要素とする法律要件をいう。」、「意思表示とは、内心的効果意思を外部に表示する行為をいう。」、「内心的効果意思とは、法律効果の発生を意欲する意思をいう。」などとともに、今でも諳(そら)んじることができる定義の一つだ。
附款の原義は、契約などの法律行為に「附随する約款の略だ」と言う学者もいるが、そもそも「款」は、箇条書きという意味だから、「ただし、〜するな」・「ただし、〜せよ」というような、「附加された箇条書き」という風に理解する方が分かり易い。本体たる法律行為を電化製品に喩(たと)えると、アダプターなどの電化製品の附属品のようなものだ。
附款論は、民法学ではすっかり下火になったけれども、行政法総論では今なお現役だ。附款は、意思表示である以上、意思表示を要素とする法律行為的行政行為にのみ附加することができると解されているが、法律行為的行政行為・準法律的行政行為という分類自体が民法学の法律行為論の借用であって、かかる分類自体に疑問が呈されているからだ。
もっとも、学生時代からかかる疑問が呈されていたので、一向に進展していないような気もするが。
かかる象牙の塔のお話は傍に置いて、従来の通説に従うと、行政行為の附款は、本体たる行政行為の効果を制限したり特別な義務を課したりする意思表示であって、附款自体も行政行為だ。
行政行為の附款には、条件、期限、負担、取消権(撤回権)の留保及び法律効果の一部除外の5つがある。これらの解説については、行政法総論のテキストに譲る。
あッ!そうそう。以前、たまたまある法律の研究会で立ち話した某県庁職員さんが「ウチの職員は、行政処分に附款を附けてよい場合と附けてはいけない場合を分かっておらず、困ったことに、附けてはいけない場合なのに、平気で附款を附けているんです。先生、職員研修でしっかりと教えてやって下さい。」とおっしゃっるので、「いや〜◯◯さんの県庁には出講したことがないんで、まず、招聘して下さい♪苦笑」と回答したことがある。
そこで、念のために、附款を付けることができる場合について、述べておく。①本体たる行政行為の根拠である法が、行政庁に対して、附款を附けることを認めている場合、又は②かかる法の特別な規定がない場合でも、本体たる行政行為をするかどうか若しくはどういう場合にどういう行政行為をするかについて、法が行政庁に自由裁量権を認めている場合には、その裁量権の範囲内で、附款を附けることが許される。これら以外の場合には、一切附款を附けることができず、もし附ければ、その附款は、違法であり無効になるから、要注意だ。
また、附款を附けることができる場合であっても、具体的な行政行為の目的に照らし必要な限度で附款を附けることができるだけであって、必要な限度を超えた附款は、比例原則に反し違法となり、無効だから、これも注意を要する。この点を明記している法令もある(ex.水道法第9条第2項)。
なお、運転免許証の有効期限や公務員の条件附採用などのように、本体たる行政行為の効果の制限が、直接、法によって定められていることがあるが、これは法定附款と呼ばれるものであって、行政庁の意思に基づいて附加される行政行為の附款とは異なるので、これも要注意だ。
さて、前置きが長くなったが、ここからが本題だ。
私が学生の頃には、行政行為の附款は、講学上の概念であって、法令上は「条件」と表記されていると習った。実際、国の法令であろうが、自治体の例規であろうが、ほとんどが「条件」と表記しているため(ex.水道法第29条第1項の「必要な条件」)、行政実務でも、「オイ、条件を附けとけ!」という風に、「附款」とは呼ばずに、「条件」と呼んでいるはずだ。
ところが、実は、「附款」は、法令用語なのだ。すなわち、「附款」と表記している国の法令が2つある。一つは、自治体職員さんにとって非常にポピュラーな法律である水道法だ。もう一つは、奄美群島の復帰に伴う国税関係法令の適用の暫定措置等に関する政令だ。
条例の中にも、「附款」と表記しているものが5つある。規則や規程を含めれば、42件あった。
本来、「条件」とは、法律効果の発生・消滅を将来発生不確実な事実にかからしめる行政行為の附款をいい、5種類ある行政行為の附款の一つにすぎないから、行政行為の附款を総称して「条件」と表記することは、本来の「条件」と紛らわしいし、行政法初心者の職員さんにとって分かりにくいので、今後は、行政行為の附款を総称する場合には、「条件」と表記せずに「附款」と表記するのが望ましいと思うが、如何だろうか。
cf.1水道法(昭和三十二年法律第百七十七号)
(附款)
第九条 厚生労働大臣は、地方公共団体以外の者に対して水道事業経営の認可を与える場合には、これに必要な期限又は条件を附することができる。
2 前項の期限又は条件は、公共の利益を増進し、又は当該水道事業の確実な遂行を図るために必要な最少限度のものに限り、かつ、当該水道事業者に不当な義務を課することとなるものであつてはならない。
(附款)
第二十九条 厚生労働大臣は、地方公共団体以外の者に対して水道用水供給事業経営の認可を与える場合には、これに必要な条件を附することができる。
2 第九条第二項の規定は、前項の条件について準用する。
cf.2奄美群島の復帰に伴う国税関係法令の適用の暫定措置等に関する政令(昭和二十八年政令第四百七号)
(酒税法等の適用)
第三十五条 奄美群島に酒税法が施行される際現に奄美群島酒税法の規定により酒類の製造免許を受けている者は、酒税法の適用については、当該免許を受けた日から一年以内に限り、同法第七条第一項の規定により酒類の製造免許を受けた者とみなす。この場合において、奄美群島酒税法の規定により附された免許の附款は、酒税法第十一条第一項の規定にかかわらず、なおその効力を有する。
cf.3大津市行政手続条例( 平成8年12月20日 条例第30号)
(理由の提示)
第8条 行政庁は、申請により求められた許認可等を拒否する処分をする場合(求められた許認可等の一部を拒否する場合を含む。)又は許認可等に負担その他の附款(使用料の納付等許認可等に伴い必ず付すこととされているものを除く。)を付す場合は、申請者に対し、同時に、当該処分の理由又は当該附款を付した理由を示さなければならない。ただし、法令に定められた許認可等の要件又は公にされた審査基準が数量的指標その他の客観的指標により明確に定められている場合であって、当該申請がこれらに適合しないことが申請書の記載又は添付書類その他の申請の内容から明らかであるときは、申請者の求めがあったときにこれを示せば足りる。
2 前項本文に規定する処分又は附款の付加を書面でするときは、同項の規定による理由の提示は、書面により行わなければならない。
cf.4群馬県小水道条例( 昭和三十三年十月二十四日条例第六十七号)
(附款)
第六条 知事は、市町村以外の者に対して、小水道事業の経営の許可を与える場合には、これに必要な期限又は条件を附することができる。
2 前項の期限又は条件は、公共の利益を増進し、又は当該小水道事業の確実な遂行を図るために必要な最少限度のものに限り、かつ、当該小水道事業者に不当な義務を課することとなるものであつてはならない。
cf.5岡山県道路占用料徴収条例 (昭和四十三年三月三十日 岡山県条例第十五号)
原始附則第2項 この条例施行の際、現に法第三十二条第一項及び第三項の規定による許可を受けている占用物件(当該許可に係る附款にこの条例による改正後の別表の適用のある旨の記載のあるものに係る物件については、除く。)に係る占用料の徴収については、なお従前の例による。ただし、当該許可に係る附款に定められた占用料の額がこの条例による改正後の別表により計算して得た占用料の額をこえる場合には、当該別表により計算して得た占用料の額を徴収するものとする。
cf.6岡山県港湾施設管理及び利用条例( 昭和二十七年三月二十五日 岡山県条例第二十一号)
一部改正附則(昭和四三年条例第一九号)第2項 この条例施行の際、現に岡山県港湾施設管理及び利用条例第五条第一項の規定による許可を受けている港湾施設(当該許可に係る附款にこの条例による改正後の占用料の適用のある旨の記載のあるものに係る物件については、除く。)の占用に係る占用料の徴収については、なお従前の例による。
cf.7岡山市道路占用料徴収条例 (昭和28年4月1日 市条例第25号)
一部改正附則(昭和43年市条例第35号) 第2項 この条例施行の際,現に道路法第32条第1項及び第3項の規定による許可を受けている占用物件(当該許可に係る附款にこの条例による改正後の別表の適用がある旨の記載のあるものにかかる物件については,除く。)に係る占用料の徴収については,なお従前の例による。
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