条例の公布と住民

1 クイズ

【問題】下記に列挙した漢字の共通点は何か?

官、司、長、首、省、職、寮、監、府、使、庁、僚、宰、吏、衙、務




















【正解】

役所や役人に関係する漢字ではないかと思われた方は、惜しい!

いずれの漢字も訓読みが「つかさ」であることが共通点だ


2 「つかさ」の意味

 では、「つかさ」とは何だろうか。


 『国語大辞典 新装版』(小学館)によれば、

①おもだったもの。主要なもの。また、主要な人物。首長。おさ。

②役所。官庁。

③朝廷につかえている人。官人。役人。つかさびと。

④朝廷から任じられる官職。また、単に、役目、つとめ。

を意味する。


3 「つかさ」の由来

 「つかさ」の原義は、「つか(塚)」だ。「つか(塚)」は、「つく(築く)」に由来し、人工的に積み重ねた小高い所を意味する。

 『古事記』下つ巻にも、「倭(やまと)の この高市(たけち)に 小高(こだか)る 市(いち)の高処(たかつかさ)」とある(『新訂古事記』(角川日本古典文庫)183頁)。


4 「つか(塚)」が「つかさ」の意に転じた理由

 では、なぜ「つか(塚)」が「つかさ」の意味になったのか?


 瀧川政次郎國學院大学名誉教授は、「古(いにし)えは官人(つかさびと)が塚に登って人衆に法令を口宣(くぜん。口頭で勅命を伝えること。)したからであると思う。」と述べられ、例証として播磨国風土記(はりまのくにふどき)揖保郡(いいぼのこおり。現在は「いぼぐん」。)にある大法山(おおのりやま。現在の姫路市朝日山。)を挙げておられる(『法史煩談』(時潮社、昭和9年)116頁。常用漢字・現代仮名遣いに改め、括弧書きでルビ・注釈を施した:久保)。


 播磨国風土記によれば、大法山は、今の名は勝部岡(すぐりべのおか)と呼ばれ、応神天皇が大法(おおのり)を宣(の)らせ給(たも)うた所だと伝えられている。

姫路市教育委員会文化部文化課(昭和59年3月20日発行、平成15年2月1日再版)「『朝日山周辺』をたずねて」より

https://www.city.himeji.lg.jp/kanko/cmsfiles/contents/0000002/2172/12.pdf


5 官人が塚に登って法令を口宣した理由

 では、なぜ官人(つかさびと)が塚に登って法令を宣言したのだろうか。


 ここからは私の勝手な想像だから、真に受けないでいただきたい。


 塚は、「畏怖され,神聖視されていることが多い。塚は,本来その場所が墓所であったとか,かつての祭場祭壇であったと考えられてきているが,同時に平地よりも一段高くなったところを神聖視するという考えも古来からあった。これは,特定の山を聖地とする山岳崇拝や,祭礼の際,氏子が神社に持寄った砂などで清浄な盛り土を築く習俗などにもみることができる。」(『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』)


 縄文時代の遺跡(拠点集落)を見ると、中心に墓を伴う広場を持ち、広場を取り囲むように環状に住居を配している。

 古代の日本は、祭政一致で、神を祭るを政治の大本とし、まつりごと(政治)は、まつりごと(祭事)から分化した言葉だ。

 先祖が眠る墓であり、祭場であり、祭壇であった塚に集落のおさが登って、広場に集まった人々の前で、先祖を含む神を祭って政治を行なっていたのではなかろうか。

 それ故、塚でまつりごと(祭事)及びまつりごと(政治)をつかさどるおさ(首、長)のことを「つかさ」と呼んだのだろう


 積み重ねられた塚は、先祖の歴史であり、集落の歴史でもあるから、先祖の遺徳を偲(しの)び、先祖の苦労に感謝し、先祖の思いと知識経験を受け継ぎ、子孫へと伝えていく文化伝承の聖地でもあったはずだ。

 今でも仏壇や遺影の前で親から「ご先祖さまに顔向けできないようなことをするな」とお説教をされる子供がいるように、古代においても、塚の前でお説教をされる子供がいたことだろう。単なるお説教よりも、ご先祖さまを前にしたお説教は、重みがあり、効き目がある。

 このように塚は、先祖に思いを馳せ、先祖と一体となる聖なる場だったと思われる。


 以前、このブログで述べたように、「のる(宣る・告る)」とは、「(本来は、呪力を持った発言として、重大な内容を表明する、強い力をもって発言するのが原義で、神や天皇が重大な内容を宣言する場合や、人の名のような重要なものを告げ知らせる場合などに用いられた)宣言する。言う。述べる。告げる。」という意味だ(『国語大辞典新装版』(小学館))。

 「のり(法)」は、この「(動詞「のる(宣)」が名詞化したもので、神仏や天皇の宣言されたものが「定め」「規則」であると考えられたところから」、「従い守るべきよりどころ。のっとるべき物事。」という意味になった(『国語大辞典新装版』(小学館))。

 先祖が眠る墓であり、祭場であり、祭壇であった塚に登った集落のおさが、祭祀を執り行い、「のり(法)」を「のる(宣る・告る)」ことにより、その「のり(法)」は、先祖を含む神から正統性を与えられて、呪力を持った言葉(言霊(ことだま))として「従い守るべきよりどころ。のっとるべき物事。」となると考えられていたのではなかろうか


 このような縄文時代から続く慣習法に従って、官人(つかさびと)も塚に登って法令を宣言していたと思われるのだ。


 この慣習法は、文字が伝来して以降、形を変えて、現代まで続いていると思われる。

 すなわち、一里塚や、辻(つじ。十字路のこと。)に作られた塚(辻塚)のように、塚は、村の境界を示す標識として作られることがある。それは、結界でもある。

 幕府や藩の領主が定めた法度(はっと)や御定書(おさだめがき)を木の板に書いて、各村や街道の辻に人目を引くように高く掲げた場所を高札場(こうさつば)というが、高札場が辻に作られたのは、多くの人が目にしやすいからという便宜的な理由だけでなく、縄文時代から続く慣習法に由来するのではないかと思われるのだ。

国土交通省関東地方整備局横浜国道事務所のHPより

 そして、現代の市町村において、条例の公布は、役所の掲示場に掲示して行うところが多いが、これは、高札場の名残りであり、取りも直さず縄文時代からの慣習法の名残りでもあると思うのだが、如何なものであろうか。


6 「住民の福祉」にいう「住民」

 ところで、以前、このブログで、「住民の福祉」にいう「福祉」とは、住民の「幸せ」を意味するとお話しした。

 自治体職員さんは、将来のあるべき姿を描く行政計画を立案するような場合に、未来の住民の幸せに心を砕くことはあっても、普段は、目の前にいる現在の住民への対応に追われているが、現代の「つかさ」である自治体職員さんには、過去の住民の幸せにも心を砕いていただきたいのだ。

 なぜなら、地方公共団体は、未来永劫存続することが前提になっているので(それ故に、倒産がない。)、「住民の福祉」にいう「住民」には、現在の住民だけでなく、過去及び未来の住民も含まれるからだ。


 自然的景観、歴史的景観、古蹟、特産物、伝承、方言、お祭り、伝統芸能などは、過去の住民が残してくれた相続財産だ。これらをしっかりと受け継ぎ、未来の住民へと継承させることが過去の住民の幸せにつながる。

 これまでも景観保護や文化財保護等に力を入れておられたけれども、それが過去の住民の幸せを図ることになるという発想はなかったのではあるまいか。この発想さえあれば、政策・施策がブレたりしない。


 以前、このブログで、日本人の身体的時間感覚についてお話ししたが、地名には、災害や伝承を示すものが多くある。これも過去の住民が残してくれた知恵だ。

 最近、昔の地名がどんどん消えているが、昔の地名を残して知恵を学び、防災・減災や地域振興に役立てることが現在の住民のみならず、過去及び未来の住民の幸せにつながるのだ。

  自治体職員さんは、過去・現在・未来の住民の思いを受け止め、その幸せを図る現代の「つかさ」なのだ。




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