けだし(蓋し)


1 面食らった言葉

 法律学を学び始めて面食らった言葉の一つに「けだし蓋し)」がある。当時の法律学の教科書、論文、判決文には、「けだし(蓋し)」が多用されていた。


 この言葉は、古来より、日本でも支那(しな。chinaの地理的呼称。)でも推測推定を表す言葉として用いられてきたのに、法律学では「なぜならば」という意味で用いられていたから、戸惑ったのだ。


 「法律学において、けだし(蓋し)とは、なぜならばという意味である」と教えられたわけでもなければ、書物に書いてあるわけでもないのだが、前後の文脈から「なぜならば」と同義だと解さざるを得なかった。

 そこで、国語辞典を引いてみるのだが、「けだし(蓋し)」に「なぜならば」という意味はない。各種法律用語辞典も引いてみるのだが、「けだし(蓋し)」が載っていなかったから、頭の中が「???」となったことを覚えている。


 しかし、慣れというものは恐ろしいもので、一般人には通じない法律学特有の「けだし」を使って、「けだし〜だからである」と書くと、一端(いっぱし)の法学徒になったような気がしたものだ。苦笑

 

 現在の法律学では、分かり易さを重視して、「けだし(蓋し)」が用いられることは少なくなった。


2 「けだし」の意味

 『国語大辞典』(小学館)によると、

「(「し」は、「しまし」などと同じ副詞語尾か。平安時代以降は、ほとんど漢文訓読調の文の中で用いられる)

①あり得る事態を想定する時の、肯定的な仮定の気持を表す語。ひょっとすると。もしかすると。

②おそらく正しいと思われる判断を下す時の、多分に確信的な推定の気持を表す語。多分。おそらく。たしかに。」


 かつて法律学で多用された「けだし」は、本当は「なぜならば〜だからである」と断定的に述べたいところなのだが、そこまで断定的に述べることが憚(はばか)れる場合に、②の意味で「けだし〜だからである」と書いているうちに、いつの間にやら②の意味が薄れて、「なぜならば〜だからである」という意味で誤用されるようになってしまったのではないかと思われる。


 もう少し謙虚に「けだし〜だからであろう」と書いていれば、②の意味が薄れることがなかったであろうし、素直に「多分(又はおそらく)〜だからであろう」と書けばよかったと思うが、お偉い先生方のプライドが許さなかったのかも知れない。


 ちなみに漢字「蓋」(漢音:かい、こう、慣用音:がい)の語源は、草のふた、おおうであって、①おおう。おおいかくす。ふたをする。②ふた。かさ。おおいという意味だ。

 理由は分からないが、助字に用いられ、③けだし。おもうに。たぶん。④なんぞ。(「なんぞ〜ざる」で)どうして〜しないかという反語を示す。

 漢文を読んでいて、③と④のいずれにより訓読みすべきかの判断が難しく、前後の文脈で判断せざるを得ない。


 あッ!思い出した。この「思うに」という言葉も、昔の法律学の文章では多用された。「思うに」とは、「考えてみるに」、「推察すると」という意味だ。

 今から振り返ると、赤面の至りだが、「〜であろうか。」と問題提起をした後で、改行して、「思うに」を使って自論を展開し、「けだし(蓋し)〜だからである」と書くと、なんとなく格調があって、大人になったような気がしたものだ。


 なお、我々日本人は、日本語の「たぶん」と同じ感覚でmaybeを使ってしまうが、maybeは、自分の意思ではコントロールできない場合を推測するときに用いる言葉であって、自分の意思でコントロールできる場合にmaybeを使うと、なんで自分のことなのにはっきり言えないのかとネイティブ・スピーカーをイライラさせるらしい。

https://juken.oricon.co.jp/rank_english/news/2070478/

 

 みなさんが面食らった言葉はなんですか。



 

 

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