「することができる」と「することがある」

1 「することができる」

⑴ 国語

 「することができる」という表現が生まれたのは、be able toの和訳が背景にあるそうだ。この翻訳調で冗長な表現よりも、端的に「できる」と表現するのが望ましいらしい。

⑵  法制執務

 ところが、法制執務では、法令上、権利、権限、能力があることを表すために、「することができる」が多用されている。

 この「することができる」は、するかしないかは任意であることをも表しているが、以前、このブログで述べたように、判例を前提にすると、その権限を行使すべきときには行使しなければならず、行使すべきでないときには行使してはならないという意味になることに注意を要する。


ex.民法(明治二十九年法律第八十九号)

(留置権の内容)

 第二百九十五条 他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。ただし、その債権が弁済期にないときは、この限りでない。 

2 前項の規定は、占有が不法行為によって始まった場合には、適用しない。

(契約の締結及び内容の自由) 

第五百二十一条 何人も、法令に特別の定めがある場合を除き、契約をするかどうかを自由に決定することができる。 

2 契約の当事者は、法令の制限内において、契約の内容を自由に決定することができる


2 「することがある」

⑴  国語

 「することがある」は、例えば、「電車がよく遅れることがある」や「この河は氾濫することがある」のように、事態の起こる可能性又は繰り返しを表す表現だ。


⑵  法制執務

 現行の法律で「することがある」を用いているものはないが、府省令・規則では34本あり、条例に至っては776本もある。

 ところが、法制執務の本には、「することがある」を解説したものがない。以下、述べることは、私見にすぎない。


ex.1昭和二十二年農林省令第四十一号(昭和十四年法律第七十八号(昭和二十二年法律第五十三号)施行に関する件)(昭和二十二年農林省令第四十一号)

第六条  令第五条の規定によつて、補償として社寺に交付する立木竹又は林産物の数量は、令施行の日における立木竹又は林産物の価格により、これを算定するものとする。

 ② 前項の規定によつて算定した立木竹又は林産物は、これを補償の申請後一年内にその社寺に交付する。 但し、森林経営上支障がある場合は三年内に交付することがある


ex.2船舶復原性規則(昭和三十一年運輸省令第七十六号)

(試験の内容)

 第三条  復原性試験においては、傾斜試験及び動揺試験を行う。 ただし、管海官庁が差し支えないと認める船舶にあつては、傾斜試験又は動揺試験を省略することがある


ex.3電波法施行規則 抄(昭和二十五年電波監理委員会規則第十四号)

(資料の提出等) 

第四十六条の六  総務大臣は、第四十六条から前条までの規定の施行に関し必要があると認めるときは、第四十六条第一項の規定により申請書を提出した者又は指定を受けた者に対し、資料の提出若しくは説明を求め、又は実地に調査することがある


ex.4有線電気通信法施行規則(昭和二十八年郵政省令第三十六号)

   附 則 (平成一二年九月二七日郵政省令第六〇号) 抄 

(施行期日) 

第一条  この省令は、内閣法の一部を改正する法律(平成十一年法律第八十八号)の施行の日(平成十三年一月六日)から施行する。 

(経過措置)

 第二条  この省令による改正前の様式又は書式により調製した用紙は、この省令の施行後においても当分の間、使用することができる。 この場合、改正前の様式又は書式により調製した用紙を修補して、使用することがある


 上記ex.1〜4の「することがある」という表現は、いずれも「することができる」という表現に置き換えることが可能だ。

 それにも拘らず、敢えて「することがある」という表現を用いているのは、相手方に事態が起こる可能性を予告又は警告し、予測可能性を確保する趣旨ではないかと考えられる。

 そうだとすれば、「することがある」は、法令上、権利、権限、能力があるという意味にとどまらず、相手方に事態が起こる可能性を予告又は警告する場合に用いられる表現だということになる。


 ただ、「することがある」は、「することができる」に比べると、主体性や責任感にやや欠ける印象を与える。

 


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