形式ではなく実質が大事

 学生時代にある弁護士さんから聞いた話だが、交通事故の加害者から依頼を受けた場合に、すぐに書類を作成して、お見舞いの品を持って病院へ向かい、平身低頭でお見舞いの口上を述べるそうだ。

 被害者が打ち解けて和やかな雰囲気になった頃を見計らって、持参した書類を手渡し、お見舞いに来た証しにサインしてくださいませんか、と口八丁手八丁(くちはっちょうてはっちょう)でお願いするそうだ。


 その際、持参した書類のタイトルが「和解契約」や「示談書」というような法的なものを匂わせるものだと、被害者が警戒して、サインをしてくれないので、実際の中身は和解契約(民法第695条)だけど、「お見舞い」というタイトルにして、和解条項を小さい文字で書いたものにサインを求めると、あまり中身を確かめずにサインしてくれることが多いらしい。

 加害者側に有利な条項は、被害者が読まないように、後ろの方に入れておくらしい。


 弁護士さんは、タイトルがなんであれ、合意の中身が大事であって、合意の中身が和解であれば、和解契約なのだ、とおっしゃっていた。


 確かに、そうだけど、これって、被害者の無知や事故直後の動揺・混乱につけ込んだ、詐欺じゃん!、と思った。笑

 こんな狡っ辛い(こすっからい)やり方までしなければならないなんて、俺は弁護士には向かないな、と思ったものだ。


 さて、下記の記事(山口放送2024年10月24日)によると、山口県美祢市(みねし)では、地方自治法第96条第1項第5号、地方自治法施行令第121条の2第1項・別表第一、美祢市議会の議決に付すべき契約及び財産の取得又は処分に関する条例第2条により、予定価格が1億5千万円以上の工事又は製造の請負については、市議会の議決が必要なのに、議決を経ずに、今年1月に2億3千万円あまりの美祢市公共下水道秋吉広谷浄化センターの建設工事の委託協定を締結していたことが発覚し、9月の定例市議会で追認議案が承認されたそうだ。

  上下水道局は、「委託であれば議決は必要ないと思っていて認識を誤っていた」と説明しているそうだ。


  予定価格が1億5千万円(自治体によって異なる。各自条例を確認のこと)以上の工事又は製造の請負について市議会の議決が必要だという認識があったのは、良かった。

 法令や条例を読まないため、これを知らずに契約を締結している事例が山ほどあるからだ。


 そして、上下水道局は、当該建設工事委託協定が「工事…の請負」に該当するのかどうかを検討したと思う。

 おそらく役所や図書館に必ずあるであろう松本英昭『新版 逐条地方自治法』(学陽書房)や室井力・兼子仁編『基本コンメンタール 地方自治法』(日本評論社)等を確認したと思う。

 これらの本には、地方自治法第96条第1項第5号の「請負」とは何かについて、記載がない。


 そこで、法解釈の基本は、文理解釈だから、民法第632条の「請負」と同義だと解釈したと思われる。これも正しい。


 その際に、おそらく請負と委託の違いは何かを調べたと思う。ネットで検索すれば、いろいろ両者の違いを解説したサイトが見つかる。

 そこで、請負と委託は、違うものなのだから、「委託であれば議決は必要ない」と判断したのではないかと思われる。


 しかし、「建設工事委託協定」というタイトルであっても、その合意の中身が建設工事の請負であれば、請負契約なのだ。

 ここまで考えが至らなかったのだとしたら、残念だ。


 地方自治法から離れてしまうが、例えば、建設業法第24条は、「委託その他いかなる名義をもつてするかを問わず、報酬を得て建設工事の完成を目的として締結する契約は、建設工事の請負契約とみなして、この法律の規定を適用する。」とわざわざ明記している。

 請負というタイトルを用いずに、委託、委任、雇用などのタイトルを用いていようとも、報酬を得て建設工事の完成を目的とした合意は、すべて建設工事の請負契約とみなすことにより、建設業法の適用を免れようとする脱法行為を防止する趣旨だ。


 このように大事なのは、形式ではなく、実質なのだ。気を付けよう。


 なお、穿(うが)った見方をすれば、このようなことを百も承知の上で、議会の議決が必要だとなれば、議案を作らなければならないし、議員への根回しもしなければならず、面倒臭いから、議会の議決を回避するために、あえて「建設工事委託協定」というタイトルにした可能性もある。これが事実だとしたら、地方自治法第96条第1項第5号の脱法行為であり、悪質だ。

 美祢市議会の会議録がまだ公開されていないので、なんとも言えないが。


大事MANブラザーズバンドの「それが大事」(1991年)

 以前にも言ったことだが、物怖(ものお)じせず、勇ましいことを世間では「勇気」という。しかし、そうではない。困難や危険に直面し、逃げることを恐れる心を「勇気」というのだ。


 



 



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