日米関税交渉の合意文書が作成されていなかったことには、驚きを禁じ得ない。
ホワイトハウスがHPに掲載した「トランプ大統領、前例のない日米戦略的貿易・投資協定を締結」には、
「日本は米国の主導の下、米国の中核産業の再建と拡張に向けて5500億ドルを投資する。
この投資から得られる利益の90%は米国に帰属し、米国の労働者や納税者、地域社会が圧倒的な恩恵を受けることが保証される。」
「この協定の一環として、日本からの輸入品には基準となる15%の関税率が適用される。」
など、不平等な内容がてんこ盛りになっている。
この「日米戦略的貿易・投資協定」は、口頭の合意、平たく言えば、口約束だったわけだが、果たしてこれは「条約」と言えるのだろうか。
憲法上の「条約」(第7条第1号、第61条、第73条第3号、第98条第2項)とは、文書による国家間の合意をいう。協約、協定など、名称いかんに関わらない。
ただし、既存の条約を執行するための細部の取り決めや、条約の委任に基づいて個別的・具体的問題についてなされる取り決めは、条約に当たらず、憲法第73条第2号の「外交関係を処理すること」により内閣限りで処理することが許され、国会の承認(憲法第61条)は不要だ。
内閣の条約締結行為は、内閣の任命する全権委員の「調印」(署名)と内閣の「批准」(成立した条約を審査し、それに同意を与えて、その効力を最終的に確定する行為で、文書で行う。)によって完了するのが原則だ。
しかし、内閣が条約を締結するには、「事前に、時宜によっては事後に、国会の承認を経ることが必要とする」(憲法第73条第3号)。この国会の承認は、国内法的かつ国際法的に、条約が有効に成立するための要件だ。
そして、我が国が批准している「条約法に関するウィーン条約」(条約法条約)第2条1(a)も、「条約」とは、国の間において文書の形式により締結され、国際法によつて規律される国際的な合意(単一の文書によるものであるか関連する二以上の文書によるものであるかを問わず、また、名称のいかんを問わない。)をいう、と定めている。
また、条約法条約第2条1(b)は、「批准」、「受諾」、「承認」及び「加入」とは、それぞれ、そのように呼ばれる国際的な行為をいい、条約に拘束されることについての国の同意は、これらの行為により国際的に確定的なものとされる、と定めている。
以上から、口頭の合意は、憲法上も、条約法条約上も、「条約」とは言えない。したがって、口頭の合意である「日米戦略的貿易・投資協定」は、国会の承認(憲法第61条)が不要ということになる。
では、「日米戦略的貿易・投資協定」は、「条約」ではないから、守らなくてもいいのかというと、そうは問屋が卸さない。
米国は、1970年に条約法条約に署名したが、いまだに批准(最終的な同意)をしていないからだ。
日本が、「日米戦略的貿易・投資協定」は、口頭の合意にすぎず、憲法上も、条約法条約上も、「条約」とは言えないから、守らないと主張しても、米国は、条約法条約を批准していない以上、口頭の合意も「条約」だから、「日米戦略的貿易・投資協定」を守れ、と主張する可能性がある。
とりあえず口頭の合意をしておいて、自公連立政権が参議院選挙に勝ったら、文書の形式にまとめ、国会の承認を求める予定だったのかもしれない。
しかし、参議院選挙の結果、自公連立政権が衆参ともに少数与党に転落したことを踏まえて、国会の承認を不要とするために、文書の形式によらずに、口頭の形式で合意したと発表したならば、憲法第61条の脱法行為であり、違憲だ。
野党に政権交代したら、憲法違反を理由に「日米戦略的貿易・投資協定」を反故(ほご)にするかも知れない。
そこまで根性がある野党政治家がいるかどうかは疑問だが。
そもそも、財源不明の5500億ドル(約80兆円)を米国の主導の下に(=日本には主導権がまったくなく、米国に指示されるままに)米国へ投資し、投資から得られる利益の90%が米国に帰属するという「日米戦略的貿易・投資協定」は、我が国の国益を損なう可能性がある。
しかし、内閣官房 米国の関税措置に関する総合対策本部事務局『令和7年7月25日 米国の関税措置に関する日米協議: 日米間の合意(概要)』を見ると、「政府系金融機関が最大5500億ドル規模の出資・融資・融資保証を提供 することを可能にする。出資の際における日米の利益の配分の割合は、双方が負担する貢献やリスクの度 合いを踏まえ、1:9とする。」とある。
日米の出資比率1:9によって利益を分配するわけで、これならばまだ理解できる。しかも、いつからいつまでに最大5500億ドル規模の出資・融資・融資保証をするのか、期限が切られていないから、1000年かけて最大5500億ドル規模の出資・融資・融資保証をしてもいいことになる。
トランプ大統領が国内向けに成果をアピールするために「盛った」可能性があるが、合意内容の理解に齟齬(そご)が生じている可能性もある。
合意内容の解釈をめぐってトラブルが起きないように、文書の形式にまとめて、事務方に細部を詰めさせるのが無難だ。
なんにせよ今後の動向に注目するしかない。
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