白禍の報い <追記>

 フン族の圧迫を受けてゲルマン民族が大移動し、西ローマ帝国が崩壊したのだが、このフン族は、トルコ系・モンゴル系の遊牧民族で、支那(シナ。chinaの地理的呼称)の歴史に登場する匈奴(きょうど)の一派だと言われている。

 その後、モンゴル帝国がヨーロッパを侵略したことが決定打となり、白色人種は、黄色人種をMongoloidモンゴロイドと呼び、潜在的に黄色人種に嫌悪感と恐怖心を抱くようになった。


 しかし、大航海時代や産業革命を経て、世界中のほとんどの地域を植民地化した欧米列強諸国は、白色人種の優越性と黄色人種の劣等性という人種差別意識を抱くようになり、かつて抱いた黄色人種に対する恐怖心を克服したかにみえた。


 ところが、白色人種は、再び黄色人種に対して恐怖心を抱くようになった。これが黄禍論(こうかろん)だ。

 ミュンスター大学教授で黄禍論研究の第一人者であるハインツ・ゴルヴィツァーによれば、黄禍論とは、「中国人や日本人が白色人種に与える脅威のこと」をいう(『黄禍論とは何か』草思社19頁)。黄禍というスローガンは、1895年にライン河の西の地域で発生し、そこから広がっていったものと推定している(同書43頁)。


 黄色人種の何が脅威だったかについては、解釈が分かれている(前掲書19頁)。

①白人労働者たちが苦力(クーリー)たちとの競争を恐れていた。苦力たちは、最低の生活に耐え、破格の低賃金で働くからだ。

②日本製品の成功が欧米経済に不安を与えた。日本は、非白色人種で初めて近代化に成功したからだ。

③黄色人種たちが近代兵器に身を固めて蜂起し、数的優勢のもとに白色人種を東アジアから追い出し、やがて欧米まで支配するのではないかと恐れた。自分たち白色人種がこれまで有色人種にしてきたことを黄色人種にされるのではないかと恐怖したのだ。


 日清戦争の戦後処理について、フランス・ドイツ・ロシアが干渉したのも(「三国干渉」)、黄禍論が背景にある。

 黄禍論は、主にフランスで主張されていたが、日本が日露戦争に勝利したことで、Yellow Peril「黄禍」③は、現実味を帯び、燎原の火の如く欧米を席巻した。

 これがやがて米国における日系移民排斥運動や、日米開戦による日系移民に対する隔離政策へとつながるわけだ。


 国立東京藝術大学の前身東京美術学校を創設した岡倉天心は、1904年にニューヨークで出版した英文著書The Awakening of Japan『日本の目覚め』で、「ヨーロッパ諸国民の罪悪感が黄禍の幻影をよびおこした」と喝破し、黄禍に対抗して「白禍」を主張し、文明論の見地から悪いのはむしろ白色人種ではないかと正々堂々と抗議している(『日本の名著 岡倉天心』中央公論社)。

 のこのこ海外に出かけて日本の悪口を言いふらす進歩的文化人はいるが、悲しいことに日本のために、英語でこれほどの論陣を張れる知識人は、今はもういない。

 岡倉天心の主張は、今なお色褪せることなく、我々の胸に響く。少し引用しておこう(太字:久保)。


 「多くの東洋民族にとって、西洋の到来は、まったくの幸福とはけっしていえなかった。彼らは、通商の増大を歓迎する気でいるうちに、異国の帝国主義の餌食になってしまった。彼らは、キリスト教宣教師の博愛的な目的を信じて、この軍事侵略の先ぶれに頭を垂れてしまった。彼らにとって、この地球はもはや、枕を高くして眠っておれる平和な場所ではない。ヨーロッパ諸国民の罪悪感が黄禍の幻影をよびおこしたとするならば、アジアの苦悩する魂が白禍の現実に泣き叫ぶのは、当然ではなかろうか」(同書226頁)

 「西洋は進歩を信じているが、いったい、何にむかっての進歩であろうか?アジアは尋ねるー完全な物質的能率がえられたとして、そのとき、いかなる目的がはたされたというのであろうか?友愛の熱情がたかまり、世界の協力が実現されたとして、そのとき、それは何を目的とするのであろうか?もしそれが、たんなる私利私欲であるならば、西洋の誇る進歩は、はたしてどこにあるのか?

 西洋の栄光には、不幸にしてこの裏面がある。大きいだけでは、真の偉大ではない。贅をつくした生活が、すなわち文化であるとはいえない。いわゆる近代文明を構成する個人は、機械的習慣の奴隷となり、みずからがつくりだした怪物に容赦なく追いつかわれている。西洋は自由を誇っているが、しかし、富をえようと競って、真の個性はそこなわれ、幸福と満足は、たえずつのってゆく渇望の犠牲にされている。西洋はまた、中世の迷信から解放されたことを誇っているが、富の偶像崇拝にかわっただけのことではないのか?現代のきらびやかな装いのかげにかくされている、苦悩と不満はどうなのか?社会主義の声は、西洋経済の苦悶ー資本と労働の悲劇ーの声にほかならない。

 ところが、その広大な地域で無数の犠牲者を出してもなお満足せず、西洋は、東洋までも餌食にしようとしている。ヨーロッパのアジア進出は、東洋にとって、野蛮でないにしても粗雑としか思えない社会思想のおしつけであるばかりか、現存のあらゆる法と秩序の破壊を意味する。西洋文明がもたらした彼らの船は、それとともに、征服、保護領、治外法権、勢力圏、その他さまざまの悪しきものをはこんできた。そしてついには、東洋といえば退化の同義語になり、土着民といえば奴隷を意味するにいたった。」(同書226頁〜227頁)

 「数代前の日本人の見地は、今日の中国の保守的愛国者のそれとおなじであり、西洋の進出のうちに日本の破滅の危険しか見ていなかった。ふみにじられた東洋にとって、ヨーロッパの栄光はアジアの屈辱にほかならない

 われわれが今日の中国の愛国者の立場に身をおいてみるならば、われわれの祖父たちにその時代の動きがどのように映じたかを、理解できるであろう。祖父たちの憂慮は、けっして理由のないものではなかった。なぜなら、東洋人の傷ついた想像にたいして、歴史は、せまりくる白禍の東漸をつげていたからである。」(227頁〜228頁)

 「いつの日に戦争はなくなるのであろうか?西洋では、国際道徳は、個人道徳の到達したところにくらべて、はるかに低いところにとどまっている。侵略国は良心をもたず、弱小民族迫害のために騎士道はすてて顧みられない。みずからをまもる勇気と力のないものは、奴隷になるよりほかない悲しいことに、われわれが真にたのむことのできる友は、今なお剣である。ヨーロッパが見せるこの奇妙な組合せー病院と魚雷、キリスト教宣教師と帝国主義、厖大な軍備と平和の維持ーこれらは何を意味しているのか?このような矛盾は、東洋の古代文明には存在しなかった。そのようなものは、日本の王政復古の理想でもなく、維新の目的でもなかった。われわれを幾重にもつつんでいた、東洋の夜のとばりは揚げられた。だがわれわれの見る世界は、いまだに人類(ヒューマニティー)の夜明け前である。ヨーロッパはわれわれに戦争を教えた。彼らは、いつ、平和の恵みを学ぶのであろうか?」(263頁〜264頁)


 なお、岡倉天心は、海外でも着物で通した。訪米中、岡倉天心は、アメリカ人から What sort of nese are you people? Are you Chinese, or Japanese, or Javanese? 「お前たちは、何ニーズなんだ?チャイニーズか、ジャパニーズか、ジャワニーズか?」と冷やかされた。

 そこで、岡倉天心は、We are Japanese gentlemen. But what kind of key are you? Are you a Yankee, or a donkey, or a monkey?「私たちは、日本の紳士だが、君は、何キーかね?ヤンキーか、ドンキーか、モンキーか?」と言い返したことは、有名だ。


 ところで、昨今の日本旅行ブームは、勢いを増すばかりだ。日本の治安の良さ、礼儀正しさ、快適で時間に正確な交通インフラ、道路や公衆トイレなどの清潔さ、料理のおいしさ、物価の安さ、漫画・アニメ・映画・音楽・ゲームなどのソフトパワー、自動車や電化製品などの工業生産品、和包丁・大工道具・弁当箱などの伝統工芸品、錦鯉や盆栽、花火、四季折々の豊富な観光資源と地域の多様性などが海外の人々を魅了している。


 興味深いのは、西洋人が日本に、そして日本が描く漫画やアニメのファンタジー世界に、失われた古き良き西洋を見出していることだ。

 例えば、日本では子供たちが自分たちだけで登下校している。かつて西洋でも当たり前だった風景が今なお日本に残っていることに、西洋人は、驚嘆し嫉妬するとともに、移民の増加による母国の悪化した治安を嘆いている。

 また、西洋人は、『魔女の宅急便』・『ハウルの動く城』や『葬送のフリーレン』などのアニメがかつての美しい西洋の風景や情緒を色濃く残していることに、ノスタルジーを感じている。

 いずれも失われた古き良き西洋の幻影を日本や作品に投影しているにすぎないのだが。


 かつてジャポニズムが西洋を席巻したことがあるが、これは一部の知識人や芸術家の間に起きたムーブメントにすぎず、今日の大衆化された日本ブームは、有史以来の出来事だ。

 黄禍論に基づきアメリカの日系移民が過酷な収容所生活を強いられたことを思えば、隔世の感がある。


 しかしながら、この現状を手放しに喜べない。第2次世界大戦後、黄禍論が表舞台に登場することはなくなったけれども、影を潜めただけであって、今なお西洋人の潜在意識には黄禍論が残っている。

 バブル経済真っ只中の1989年、三菱地所がロックフェラー・センターを買収した際には、ジャパン・バッシングの火に油を注いだことや、大衆化された日本ブームに乗ってWannabe Japaneseワナビー・ジャパニーズ「日本かぶれ」と呼ばれる外国人が現れ、周囲から「キモいオタク」というニュアンスのスラングweabooウィーブー又はweeabooウィアブーと侮蔑されていることがその証左だ。

 もし日本が中国と共同歩調を取れば、ここぞとばかりに黄禍論が表舞台に再登場するだろう。


 視点を大所高所に転ずれば、西洋は、今まさに白禍の報いを受けている。

 例えば、アメリカ合衆国は、WASP(Whie,Angro-Saxon,Protestant)ワスプと呼ばれる白色人種のアングロ・サクソン系プロテスタント信者が主体となって建国した国であって、中・上層階級を構成していた。

 ところが、1790年の国勢調査開始以来初めて、2020年に白色人種の人口が減少に転じ、前回調査の63.7%から57.8%に減った。最も増えたのはヒスパニック系19%で、アフリカ系12%、アジア系6%だった。

 2040年代半ばに白色人種の割合は、50%を割り込むと予想されている。白色人種が人種的マイノリティーになれば、西洋文化に根ざしたアメリカの国柄が変質するのは明らかだ。出生率が低い白色人種は、今や絶滅危惧種に喩(たと)えられ、遺伝的にも文化的にも消滅しかねないという危機感が、保守派をトランプ大統領支持に突き動かしている。


 事情は、西欧も同じだ。哲学者のハンナ・アーレントは、「帝国主義というのは、ブルジョアジーが資本主義の競争原理を政治の世界に持ち込むことによって起こった」と喝破しているが、例えば、戦後のフランスは、同じ轍を踏んだ。人間を牛馬と同様の単なる労働力と考えて、第二次世界大戦の戦後復興の労働力不足を補うために、移民を積極的に受け入れたのだ。フランスでは、自由・平等・博愛が叫ばれるが、これは社会に根強く差別的な階級制度が残っているからに他ならない。ヨーロッパやアジアから移民を受け入れても、最下層の階級に組み入れられるだけで、自分たち白色人種とは無関係な存在として眼中に入らないはずだった。

 ところが、1970年代にフランスが経済危機に陥り、愚かにもイスラム圏から大量の移民とその家族を受け入れ、永住を許可した結果、パリは、貧しく教育を受けていないイスラム教徒で溢れかえり、かつて日本人が憧れた「花の都、巴里」ではなくなった。

 フランスは、当初は同化政策(積極的に過去のアイデンティティを削ぎ落として、フランス国民という一つのアイデンティティのもとに社会の結束を図る)を採っていたが、もはや無理だとして、これを放棄し、人種統合政策(同化ではなく、多様な人種が共に暮らし、平等に機会を与える)という名の多文化共生政策に切り替えざるを得なかった。

 移民の受け入れと多文化共生政策を後押ししたのは、隠れマルクス主義であるフランクフルト学派リベラリズムを詐称する平等主義であることは、言うまでも無い。

 フランスは、差別を助長するとして、1978年に、人種、民族、政治、宗教に関する調査を法的に禁止したので、正確なデータがないけれども、フランスの出生率が上昇したのは、「貧乏人の子沢山」と言われるように、移民が多くの子どもを産んでいるからに他ならず、白色人種は、いずれマイノリティーになるだろう。このまま移民を受け入れ続けたら、2050年にはフランス人の5人に1人がイスラム教徒になると予想されている。


 このような西洋への移民の流入に対して、当然のことながら、知識人は、危機感を抱いている。

 例えば、アメリカの政治評論家パット・ブキャナンは、『病むアメリカ、滅びゆく西洋』(成甲書房)において、大量の有色人種移民の受け入れにより、白色人種の文化が死に絶えつつあると警鐘を鳴らした。

 2011年、White Supremacy「白人至上主義」のフランス人作家Renaud Camusルノー・カミュは、移民や非ヨーロッパ系の人々の流入によって、欧米の白色人種が有色人種に置き換えられつつあると警鐘を鳴らし、この現象をGrand Remplacementグラン・ランプラスマン(英語:Great Replacementグレート・リプレイスメント)と呼んだ。直訳すれば、「大置換」だが、「人種の大規模な入れ替え」とでも訳せば分かりやすいだろうか。

 そして、カミュは、ヨーロッパは黒人や褐色の肌をした移民にcolonisation inverséeコロニザシオン・アンヴェルセ(英語:reverse colonizationリヴァース・コロナイゼーション)「逆植民地化」されつつあると警告している。実際、イスラーム活動家は、かつての十字軍や植民地支配に対する報復として、欧米への移民を積極的に勧めており、カミュの主張は、単なる陰謀論として片付けることができない。


 これに対し、マルクス/エンゲルスの『共産党宣言』が「労働者は祖国をもたない」と明言しているように(岩波文庫版65頁)、共産主義者は、国境(国民国家)がなくなり(同時に、各国の伝統・文化等も破壊される。)、すべての人が等しくプロレタリアート「労働者」(「世界市民」は、「万国の労働者」の言い換えにすぎない。)として共産党一党独裁の支配下に置かれること(すべての人を隷従させること)を熱望している。

 彼らは、西洋が白禍の報いを受け、「人種の大規模な入れ替え」と「逆植民地化」が進みつつあることにほくそ笑んでいる。治安が悪くなればなるほど、強権的な政府が渇望され、革命が成就しやすくなるからだ。


 トランプ大統領はもちろんのこと、西欧諸国も、大量の移民による白色人種のマイノリティー化と西洋文化の消滅に危機感を抱き、Reconquistaレコンキスタ「失地回復」を図る方向へ歩みつつある。

 しかし、前途多難だ。一度受け入れてしまった以上、不法移民や一定の犯罪を犯した移民を除き、すべての移民を送り返すことができないからだ。


 日本は、西洋と同じ轍を絶対に踏んではならない。


 明日は、衆議院議員選挙。雪による投票率の低下が懸念されている。選挙に勝利し、自民党内に安定した基盤を築き、安定した政権の下で政策を実現しようと解散に打って出た高市総理の思惑通りに行くかどうか、刮目したい。


 かつてパリが「花の都、巴里」と呼ばれていた1970年代に来日し、「フランス人形」のようだと話題になったDaniele Vidalダニエル・ビダルのLes Champs-Élysées「オー・シャンゼリゼ」(1969年)

<追記>

 下記の記事によると、「英イングランド・プレミアリーグに所属するマンチェスター・ユナイテッド(マンU)の共同オーナーで億万長者のジム・ラトクリフ氏が、各方面からの非難に直面している。本人が英国について、「移民によって植民地化された」と発言したことが原因だ」そうだ(太字:久保)。

 Sir James Arthur Ratcliffeサー・ジェームズ・アーサー・ラトクリフ卿(73歳)は、石油化学会社イネオスの創業者で、英国で2番目の富豪だ。反グローバリズムの右派政党であるReform UK「英国改革党」党首のナイジェル・ファラージ氏への支持も表明していることから、The UK has been colonised by immigrants「英国は、移民によって植民地化された」と言うのも頷ける。

 労働党政権下の英国では、タブー発言なのだろう。





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