クールではないクールビズ


 平成17年(2005年)、小池百合子環境大臣の思い付きと小泉純一郎総理のお墨付きで始まったCOOL BIZ(呼称:クール ビズ)は、変な和製英語であるにもかかわらず、官民問わず、すっかり定着してしまった感がある。


 しかし、私は、これまで仕事をする際にクールビズのファッションをしたことが一度もない。

①クールビズは、環境省が提唱している政策にすぎず、なんら法的拘束力があるわけではないのに、一斉に「左」にならえで、有無を言わさぬ全体主義的空気に違和感を覚えるし、②服装はTPOに合わせるのが礼儀であると考えるからだ。暑いからといって、裃や羽織袴を脱いで登城する武士はいない。ジャケット・ネクタイは、現代の裃・羽織袴であって、身だしなみを整え、威儀を正して相手に礼を尽くして仕事をすべきだと思っている。

 

 このような天邪鬼(あまのじゃく)である私がジャケット・ネクタイを着けて暑い思いをし、周囲から奇異の目で見られるのは、自己責任であるが、クールビズの名の下に、暑い職場環境で仕事をせざるを得ない役所の職員さんたちが気の毒でならない


 もともとクールビズは、地球温暖化防止が目的であって、労働者の快適な職場環境の形成が目的ではない。環境省の平成17年4月27日報道発表資料には、次のようにある。

「環境省では、地球温暖化を防止するため、夏のオフィスの冷房設定温度を28℃程度にすることを広く呼びかけていますが、その一環として、28℃の室温でも涼しく効率的に働くことができる「夏の軽装」を推進していくこととしています。そこで、「涼しく効率的に格好良く働くことができる」というイメージを分かりやすく表現した、夏の新しいビジネススタイルの愛称を一般の方から募集しました。応募された約3,000件の作品について、4月25日に有識者による審査委員会を小池環境大臣同席の下に開催し、最もふさわしい愛称を選考・決定いたしました。」(ゴシック体:久保)

 このように環境省は、COOL BIZ(呼称:クール ビズ)という愛称で「夏のオフィスの冷房設定温度を28℃程度にすることを広く呼びかけて」いたが、環境省自ら率先して実施すべきだということで、小池大臣の命により省内のエアコン設定温度を28℃にしたところ、パソコン等が出す熱で室温が36℃になって、職員から悲鳴が上がったという報道を見て、大笑いしたことをよく覚えている。


 これが理由であろうか、環境省は、設定温度28℃だと言っていたことについては、ほっかむりして、当初から室温28℃であったかの如く次のように述べている。

「環境省は、平成17年から地球温暖化対策のため、冷房時の室温を28℃で快適に過ごせる軽装や取組を促すライフスタイル「COOLBIZ(クールビズ)」を推進しています。」

 「設定温度28℃」にせよ「室温28℃」にせよ、クールビスにおける28℃は、どこから出てきた数字なのであろうか?


この点、環境省は、上記HPにて次のように説明している。

「平成17年の「クールビズ」開始の際には、「建築物における衛生的環境の確保に関する法律施行令」及び労働安全衛生法の「事務所衛生基準規則」で定められた室温設定の範囲(17℃以上28℃以下)に基づいて、“冷房時の室温28℃”を呼び掛けてまいりました。」(ゴシック体:久保)


では、建築物における衛生的環境の確保に関する法律施行令と、事務所衛生基準規則を見てみよう。


 建築物における衛生的な環境の確保を図り、もつて公衆衛生の向上及び増進に資することを目的として、建築物における衛生的環境の確保に関する法律が制定されている。同法によれば、興行場、百貨店、店舗、事務所、学校等の「特定建築物の所有者、占有者その他の者で当該特定建築物の維持管理について権原を有するものは、政令で定める基準(以下「建築物環境衛生管理基準」という。)に従つて当該特定建築物の維持管理をしなければならない。」とされている(同法第4条第1項)。

 この建築物における衛生的環境の確保に関する法律の委任に基づき制定された建築物における衛生的環境の確保に関する法律施行令は、「建築物環境衛生管理基準」として、エアコンを設置している場合の室温を17℃以上28℃以下と定めている(同施行令第2条第1号イ )。


cf.1建築物における衛生的環境の確保に関する法律(昭和四十五年法律第二十号)

(目的)

第一条 この法律は、多数の者が使用し、又は利用する建築物の維持管理に関し環境衛生上必要な事項等を定めることにより、その建築物における衛生的な環境の確保を図り、もつて公衆衛生の向上及び増進に資することを目的とする

(定義)

第二条 この法律において「特定建築物」とは、興行場、百貨店、店舗、事務所、学校、共同住宅等の用に供される相当程度の規模を有する建築物(建築基準法(昭和二十五年法律第二百一号)第二条第一号に掲げる建築物をいう。以下同じ。)で、多数の者が使用し、又は利用し、かつ、その維持管理について環境衛生上特に配慮が必要なものとして政令で定めるものをいう

2 前項の政令においては、建築物の用途、延べ面積等により特定建築物を定めるものとする。

(建築物環境衛生管理基準)

第四条 特定建築物の所有者、占有者その他の者で当該特定建築物の維持管理について権原を有するものは、政令で定める基準(以下「建築物環境衛生管理基準」という。)に従つて当該特定建築物の維持管理をしなければならない

2 建築物環境衛生管理基準は、空気環境の調整、給水及び排水の管理、清掃、ねずみ、昆虫等の防除その他環境衛生上良好な状態を維持するのに必要な措置について定めるものとする。

3 特定建築物以外の建築物で多数の者が使用し、又は利用するものの所有者、占有者その他の者で当該建築物の維持管理について権原を有するものは、建築物環境衛生管理基準に従つて当該建築物の維持管理をするように努めなければならない。


cf.2建築物における衛生的環境の確保に関する法律施行令(昭和四十五年政令第三百四号)

(建築物環境衛生管理基準)

第二条 法第四条第一項の政令で定める基準は、次のとおりとする。

一 空気環境の調整は、次に掲げるところによること。

イ 空気調和設備(空気を浄化し、その温度、湿度及び流量を調節して供給(排出を含む。以下この号において同じ。)をすることができる設備をいう。ニにおいて同じ。)を設けている場合は、厚生労働省令で定めるところにより、居室における次の表の各号の上欄に掲げる事項がおおむね当該各号の下欄に掲げる基準に適合するように空気を浄化し、その温度、湿度又は流量を調節して供給をすること。



 他方、職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進することを目的として、労働安全衛生法が制定されている。

 この労働安全衛生法の規定に基づき、及び同法を実施するため、事務所衛生基準規則が制定されている。

 事務所衛生基準規則は、労働者を常時就業させる室(以下「室」という。)の温度について、「室を冷房する場合は、当該室の気温を外気温より著しく低くしてはならない。」としているにすぎない(同規則第4条第2項本文)。

しかも、これには例外があって、「電子計算機等を設置する室において、その作業者に保温のための衣類等を着用させた場合」は、外気温より著しく低くしてもよいのである(同規則第4条第2項ただし書)。

 そして、「空気調和設備を設けている場合は、室の気温が十七度以上二十八度以下及び相対湿度が四十パーセント以上七十パーセント以下になるように努めなければならない。」として、エアコンを設置している場合には、室温が17℃以上28℃以下になるようにすべき努力義務を課しているにすぎないのである(同規則第5条第3項)。努力義務に違反したからといって違法になるわけではない。


cf.3労働安全衛生法(昭和四十七年法律第五十七号)

(目的)

第一条 この法律は、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)と相まつて、労働災害の防止のための危害防止基準の確立、責任体制の明確化及び自主的活動の促進の措置を講ずる等その防止に関する総合的計画的な対策を推進することにより職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進することを目的とする


cf.4事務所衛生基準規則(昭和四十七年労働省令第四十三号)

(温度)

第四条 事業者は、室の気温が十度以下の場合は、暖房する等適当な温度調節の措置を講じなければならない。

2 事業者は、室を冷房する場合は、当該室の気温を外気温より著しく低くしてはならないただし、電子計算機等を設置する室において、その作業者に保温のための衣類等を着用させた場合は、この限りでない

(空気調和設備等による調整)

第五条 事業者は、空気調和設備(空気を浄化し、その温度、湿度及び流量を調節して供給することができる設備をいう。以下同じ。)又は機械換気設備(空気を浄化し、その流量を調節して供給することができる設備をいう。以下同じ。)を設けている場合は、室に供給される空気が、次の各号に適合するように、当該設備を調整しなければならない。

一 浮遊粉じん量(一気圧、温度二十五度とした場合の当該空気一立方メートル中に含まれる浮遊粉じんの重量をいう。以下同じ。)が、〇・一五ミリグラム以下であること。

二 当該空気中に占める一酸化炭素及び二酸化炭素の含有率が、それぞれ百万分の十以下(外気が汚染されているために、一酸化炭素の含有率が百万分の十以下の空気を供給することが困難な場合は、百万分の二十以下)及び百万分の千以下であること。

三 ホルムアルデヒドの量(一気圧、温度二十五度とした場合の当該空気一立方メートル中に含まれるホルムアルデヒドの重量をいう。以下同じ。)が、〇・一ミリグラム以下であること。

2 事業者は、前項の設備により室に流入する空気が、特定の労働者に直接、継続して及ばないようにし、かつ、室の気流を〇・五メートル毎秒以下としなければならない。

3 事業者は、空気調和設備を設けている場合は、室の気温が十七度以上二十八度以下及び相対湿度が四十パーセント以上七十パーセント以下になるように努めなければならない


 なるほど、法令の目的如何によって法的義務と努力義務の違いはあるが、確かに、いずれも室温17℃以上28℃以下になっている。

 しかし、問題なのは、室温17℃以上28℃以下の幅の中で、なぜ環境省がクールビズとして28℃を提唱しているのかという点である。というのは、気温28℃になれば、天気予報で熱中症注意を呼びかけるし、環境省自身も、28℃を熱中症厳重警戒基準にしているからである。

http://www.wbgt.env.go.jp/wbgt.php


 この点、2017年5月11日、衝撃的なニュースが駆け巡った。クールビズ導入当時の環境省担当課長であった盛山正仁法務副大臣が28℃に科学的根拠がないことを明らかにしたのである。

すなわち、首相官邸で開かれた副大臣会議で、盛山氏はクールビズについて「科学的知見をもって28度に決めたのではない。何となく28度という目安でスタートし、それが独り歩きしたのが正直なところだ。働きやすさの観点から検討しては」と見直しを提案したそうである。

 この報道がなされた当時、少なくとも私の周りには「やはりな!」と思った人が多かった。

もちろん、真相を知っていた環境省は、揚げ足を取られぬように、抜け目なく28℃は目安にすぎないということを表すために28℃「程度」と予防線を張ってきたけれども、「地球温暖化防止」の名の下に、小池大臣と小泉総理が音頭を取ってマスコミが同調圧力を醸成して、子供でも分かる似非科学28℃のクールビズで世論をミスリードしたにもかかわらず、彼らは謝罪してこれを改めもせず、真夏に室温28℃で働く労働者の健康を蔑ろにして、今尚28℃「程度」を推奨し続けていることに怒りを覚える。


 しかし、今年7月、反旗を翻す自治体が現れた!

姫路市役所である。職員の健康と仕事の効率向上のため、市庁舎内の温度を25℃にすると宣言したのだ!


 クールビズによる省エネや経済的波及効果を否定するものではないが、官民問わず、雇用主には、労働者の安全に配慮すべき義務(安全配慮義務)があるのである。熱中症を侮ってはならない。

 住民のために身を粉にして働いておられる職員さんの健康と作業効率向上のために、姫路市役所に追随する役所が出てきてほしいと切に願っている











源法律研修所

自治体職員研修の専門機関「源法律研修所」の公式ホームページ