「法」と「のり」

元生徒 せんせい、ご機嫌よう♪ またおしゃべりに参りました!笑

老先生 自治法子ちゃんか、こんにちは。ちょうどよいところに来てくれた!暇を持て余していたところなんじゃ。

元生徒 私は暇つぶしですの?笑

老先生 いやいや、そういうわけではないがの。苦笑

元生徒 まあ、よろしくってよ♪笑

 実は、仲の良い3歳年上の従姉妹が2月に出産予定ですの。

なので、どんな名前が良いかしら?と考えていたら、自然とこちらへ足が向きましたの♪笑

老先生 ほー。名付けがマイブームというわけじゃな。

 他人様(ひとさま)の名付けについて、とやかく言うつもりはないんじゃが、いわゆるキラキラネームだけはやめた方が無難じゃろ。キラキラネームは、子供の責任ではないのじゃが、厄介な親がおまけに付いてくるということで、就職の際に、書類選考の段階で落とす企業が多いと聞くからの。

元生徒 あらま、それは大変ですわ!従姉妹に伝えておきます。

老先生 そなたの名前は「法子(のりこ)」じゃが、憲法、法律、法典、典範、規則、規程、法度を訓読みしてごらん。

元生徒 えッ? 

 のりのり、のりのり、のりッのり、のりのり、のりのり、のりッのり、の〜りのり♪

老先生 ノリノリじゃの〜!笑

元生徒 も〜何を言わせるんですか!笑

老先生 すまん、すまん。笑

 しかし、さすが、法子ちゃんじゃ!憲法、法律、法典、典範、規則、規程、法度にいうの訓読みは、いずれも「のり」じゃ。

 では、「のり」とは、どのような意味じゃろうか?

元生徒 そうですわね〜、守らなければならないことという意味でしょうか?

老先生 うむ。その通りじゃ。

 「のり」は、動詞「のる」に由来するんじゃよ。

 「のる」(宣る・告る)とは、「(本来は、呪力を持った発言として、重大な内容を表明する、強い力をもって発言するのが原義で、神や天皇が重大な内容を宣言する場合や、人の名のような重要なものを告げ知らせる場合などに用いられた)宣言する。言う。述べる。告げる。」(新装版 国語大辞典(小学館))。という意味じゃ。

 「のり」は、この「(動詞「のる(宣)」が名詞化したもので、神仏や天皇の宣言されたものが「定め」「規則」であると考えられたところから」、「従い守るべきよりどころのっとるべき物事。」という意味になったらしい(同上)。

 ど素人の勝手な想像じゃが、乗り物に「乗る」・「乗り」は、ひょっとしたらシャーマンに乗り移った神や霊がお告げをすることから、「のる」・「のり」と共通するかも知れぬ。輿(こし)や牛車(ぎっしゃ)などの乗り物ができたのは、ずっと後代じゃろうから。

元生徒 自分の名前なのに、「のる」に由来することを知らず、お恥ずかしいですわ。

「のる」も「のり」も、普段使いませんが、「祝詞(のりと)」って、この「のり」と関係があるのかしら?

老先生 いい勘をしておるの〜♪

 そなたが申す通り、「祝詞」の「のり」は、「のり」に由来するんじゃ。

元生徒 私、勘だけはいいんですの♪笑 

 「のり」と同じような意味で「掟(おきて)」は、今でも使われているのではありませんこと?

老先生 そうじゃな。村の掟、社会の掟、会社の掟というように、今でも使われておるな。この「掟(おきて)」は、動詞「掟(おき)つ」に由来するんじゃ。

 「掟(おき)つ」とは、①「あらかじめ心に定める。予定する。計画する。」、②「心に定めて、これを人に強制する。指図する。」、③「計画的に処理をする。管理する。」という意味じゃ(同上)。

 「掟(おきて)」は、動詞「掟(おき)つ」が名詞化したもので、①あらかじめ立てておいた心づもり。予定。計画。方針。」、②「処置。さしず。」、③「心の持ち方。心構え。また、才能。技術。」、④「定め。運命。宿命。」、⑤「公にきめられた規定。法律。法度(はっと)。」、⑥「取りきめ。約束ごと。内々のきまり。」、⑦「物の形、配置、方法などについてのきまった様式。」という風に、変化していったようじゃ(同上)。

元生徒 「おきつ」を使ったことはございませんし、「おきて」も⑤⑥以外の意味で使われていないような気がします。 

 もともと「のり」は呪術的な意味合いを持っているのに対して、「おきて」は心に定めるという心理的な意味合いを持っているのですね。

老先生 うむ。それだけではなく、「のり」は、上下関係を前提に、上位者が宣言することに力点を置いた言葉であるのに対して、「おきて」は、時系列を前提に、予め設定することに力点を置いた言葉であると言えるかも知れぬの。

元生徒 確かに、そうですわね。法を表す言葉には、他にも「定(さだ)め」もございますね。

老先生 うむ。「定(さだ)め」は、動詞「定(さだ)める」・「定(さだ)む」が名詞化したもので、①「物事を決めること。また、決心すること。決定。」、②「物事を決定するための議論。評議。うち合わせ。」、③「判定すること。評価すること。」、④「決められていること。きまり。規定。」、⑤「生まれる前から決められていること。運命。」という意味じゃな(同上)。

 「さだめ」は、物事や心を動かぬようにすることに力点を置いた言葉じゃと言えるの。

元生徒 普段考えたことがなかったので、面白いですわ。他に法を表す言葉はございませんの?

老先生 う〜ん、今は使われなくなったが、「置目(おきめ)」、「置(お)き文(ぶみ)」、「式目(しきもく)」、「条目(じょうもく)」などの言葉があるの。

 「置目」とは、①「中世末期、また近世の為政者、武将などのつくった規定や法律の類。」で、②「(転じて)仕置き。刑罰。」を意味する(同上)。

 「置き文」とは、①「守るべき事柄、規則などを定めた文書。」、②「遺書。」、③「置き手紙」をいう(同上)。

 「式目」とは、「式は法式,目は条目をさし,主として中世における法規の集成に対する名称。」を意味する(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典)。

 「条目」とは、①「箇条書になっているその一つ一つの項目。」、②「箇条書になっている法律・規則などの各項目。」をいう。

元生徒 いろんな言葉があったのですね。

 今のご説明を伺って、ふと思ったのですが、lawは、「置く」という動詞layから派生した言葉で、制約として置かれたものという意味ですから、lawの翻訳語としては、「法」よりも、「置目」の方がふさわしいのではありませんこと?

老先生 lawの本来の意味に字面(じづら)を合わせれば、そなたの申す通りじゃな。

 勝手な想像じゃが、西洋型の近代国家をつくろうとする明治維新政府としては、江戸時代以前の手垢が付いた「置目」等の言葉は、新しい時代にふさわしくないと考えたのかも知れぬの。

元生徒 明治維新によって天皇親政になり、天皇陛下が宣言なさった「のり」なのだから、江戸時代以前の様々な掟・定め・置目等とは異なる、「のり」の中の「のり」なのだということを強調したいがために、「のりのり」と訓読みできる憲法、典範、法律、規則、規程等の言葉を用いたということでしょうか?

老先生 おそらくそうではないかと思うのじゃが、確証はない。いずれ暇を見つけて調べてみたいものじゃ。

 ところで、「法」は、さんずいに去ると書くが、何故だか知っておるかの?

元生徒 いいえ、存じません。

老先生 「法」の旧字は、「灋」と書くんじゃ。「灋」は、さんずい+去+廌から成り立っておる。

 この「廌(かいち)」(獬廌・獬豸とも書く。)というのは、古代支那(シナ。中国の地理的呼称。)の神様から遣(つか)わされた神獣で、牛に似た一角獣じゃ。

国会図書館デジタルコレクション 『和漢三才図会. 中之巻』(中近堂)より

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/898161

 世界最古の漢字辞典である『説文解字』第十篇上には、「灋は刑なり。平らかなること水の如(ごと)し。水に従う。廌が直からざる者に触るればこれを去る。廌により去る。」とある(読み下し文:久保)。

http://kanji-database.sourceforge.net/dict/swjz/v18.html

 つまり、水は公平の象徴であり、廌は正義の象徴なんじゃよ。裁判において、廌に角でツンツンと突かれた人は、嘘を付いているとして、敗訴し、刑罰として川に流されたんじゃな。川に流し去るので、さんずいに去ると書くわけじゃ。

 それ故、支那では、漢以来、刑部(けいぶ。司法官のこと。)や御史台(ぎょしだい。監察官のこと。)などの法を司る官吏は、廌を象(かたど)った冠(獬豸冠。かいちかん。)を被っておったんじゃよ。映画やドラマで見たことがあるはずじゃ。胴と4本足を表した図柄と、角に見立てた横刺しにしたかんざしの尖った部分で廌を表現しておるんじゃろうな。

https://baike.baidu.com/picture/6170100/6255841/0/95afee1f10577a93e1fe0b41?fr=lemma&ct=single#aid=0&pic=95afee1f10577a93e1fe0b41

元生徒 自分の名前なのに、知らないことばかりで、大変勉強になりました♪

老先生 そなたの「法子」という名前をきっかけに、話が拡がってしもうたが、このように漢字には、それぞれ意味があるから、名付けに際しては、漢字の意味を調べる必要があるじゃろう。

 また、読みやすい名前が良かろう。というのは、「賢高」という名前なのにおバカな友人がおるんじゃが、これまで中学校の古文の先生お一人を除いて、正しく「よしたか」と読めた人がいないそうなんじゃ。

 古文の授業後に、「これまで誰一人として僕の名前を正しく読めた人はいなかったのに、どうして先生は、正しく読むことがおできになられたのでしょうか?」と訊ねたところ、

 先生がおっしゃるには、「昔、大名や旗本が上様に拝謁するために江戸城に登城した際に、茶坊主が、例えば「浅野内匠頭長矩(あさのたくみのかみながのり)様おな〜り〜」という風に、登城者のお名前を読み上げるのですが、何とお読みすればよいかが分からないお名前の場合には、みな「よし」と読んだそうなのです。人名に用いられる漢字の多くは「よし」と訓読みでき、「よし」は「吉(きち)」に通じて縁起が良いので、たとえ「よし」という読み方が間違っていたとしても、お咎めを受けなかったからだそうです。そこで、私も、「よし」と読んだわけです。」と種明かしをして下さったそうじゃ。

元生徒 なるほど。帰宅後、漢和辞典を引いちゃいますわ!笑

 名前を考えるのがこんなに楽しいなんて、思ってもみませんでした♪笑

老先生 名前を訓読みするならば、国語辞典も引いてほしいの♪

元生徒 はい、そう致します。早く調べたいので、ごめん遊ばせ♪

また遊びに参りますね♪ ご機嫌よう♪

老先生 忙(せわ)しないやっちゃ。笑



 

 

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