今日、ぼーっとニュースアプリの見出しを見ていたら、「ドアのノック2回はおばさん!?世代でも別れる職場マナーの正解は!?」という記事が目に飛び込んできた。
この手のマナーに関する記事を読むとストレスが溜まるので、読まなきゃいいのに、つい読んでしまった。。。
以前、公務員試験予備校の講師を掛け持ちしていた際に、行政法の他に、面接指導も行っていたので、一種の職業病だな、こりゃ。。。このブログでもお辞儀について書いてしまってるし。。。トホホ。。。
ドアノックの回数については、受験生たちからうんざりするほど質問を受けた。今だから言えるが、こんなことは家庭の躾の問題だし、欧米の映画やドラマを注意深く見ていたら分かるだろうに、なんでいい歳をした大学生や社会人に教えなきゃいけないんだと内心思っていた。
とはいえ、教えるのが仕事だし、教え子が困っているのを見捨てることもできないので、下記のような感じで教えていた。
ドアノックの回数で不合格になることはないでぇ〜!
せやけど、紳士淑女は、ドアノック4回!ほら、ベートーヴェンの交響曲第五番『運命』の「ジャ、ジャ、ジャ、ジャ〜ン♪」という冒頭の音があるやろ?あれは、運命の扉をノックする音なんや。ベートーヴェンは紳士だからノックの回数も4回にしているわけだ。君にとって面接会場のドアは運命の扉だ。ベートーヴェンの「ジャ、ジャ、ジャ、ジャ〜ン♪」で覚えれば、緊張した面接本番でも忘れないでしょ?笑
ちなみに、『運命』が「ジャ、ジャ、ジャ、ジャ〜ン♪」を2回繰り返しているのは、主人公が貴族だからやで。(文字に起こすと、関西弁と関東弁がゴチャゴチャや〜。。。苦笑)
もともとドアノックは、欧米のマナー。欧米は階級社会だ。だから階級によってマナーも異なるわけだ。
お若い人も、オードリー・ヘップバーン主演の映画『マイ・フェア・レディー』でイギリスが階級社会だということはご存知であっても、自由の国アメリカが階級社会だと言うと、驚く人が多いが、アメリカも紛れもない階級社会だ。趣味、スポーツ、服装、言葉遣いなど、ありとあらゆることが階級によって異なるのだ。例えば、大学教授というのは中流階級だが、下層の労働者階級出身の大学教授だということを表現する際には、アメリカの映画やドラマではジーンズにスニーカーを履かせて、アロハシャツのような派手なシャツを着せて裾を出させ、野球帽を被らせるのが定番だ。
ご興味のある方は、ポール・ファッセル著・板坂元訳『階級 「平等社会」アメリカのタブー』(光文社文庫)をお読みいただきたい。
ドアノックは、欧米のマナーである以上、欧米を基準にすべきであって、上記記事のように、日本における職場や世代による違いや時代による変化などを議論すること自体がナンセンスだ。
では、欧米ではドアノックの回数は何回なのか?
例えば、1833年出版の『THE MAGNOLIA: OR, LITERARY TABLET』という本は、次のようにイギリスのドアノックのマナーについて述べている。左側の上から3段落目「KNOCKING AT DOORS IN ENGLAND」という部分だ。
https://books.google.co.jp/books?id=HsgRAAAAYAAJ&printsec=frontcover&hl=ja#v=onepage&q&f=false
読みにくいので、抜き書きしてみよう。
A single knock announces the milkman, the coachman, a domestic, or a beggar. It signifies, "I should like well to enter."
1回のノックは、牛乳配達、御者、召使、乞食であることを表す。「入らせていただきたいのですが」というサインだ。
A double knock indicates the penny-post, a bearer of visiting cards or billets of invitation, or any other message. It expresses hurry -that one is on business, and signifies, "I must enter."
2回ノックは、1ペニーで手紙を配達する郵便配達員、主人から訪問カードや招待状を預かって取次を頼む使者、又は何かのメッセージを託された者であることを示す。仕事で急いでいることを表しし、「入らなければならないのです」というサインだ。
A tripple knock announces the master or mistress of the house, or persons who are in the habit of frequenting it. It says in an impererative tone, "open."
3回ノックは、その家の主人若しくは主婦、又はその家に習慣的に訪問している人を表す。「開けてくれ」という命令調を表している。
Four strokes, well struck, indicates a person of fashion immediately beneath the nobility, and who come in a carriage. "It signifies, "I would enter."
4回ノックは、馬車でやってくる、貴族のすぐ下の上流社会の人々(つまり、ジェントルマン階級・紳士階級)を示す。「入らせてもらうよ」というサインだ。
The four strokes, twice repeated, in true style, distinct and firm, announces my lord, my lady, a nabob, a Russian prince, German baron, or some other extoraordinary personage.
4回ノックを、はっきりと断固として2回繰り返す正しいやり方は、閣下、令夫人、富豪(インドで成功したイギリス人富豪)、ロシア皇太子、ドイツ男爵、その他並外れた偉い人(つまり、王侯貴族やこれに類する大富豪)を示す。
幕末・明治に多くの俊英が欧米へ留学しているので、我が国でも「紳士淑女は4回ノック」が常識化していたはずなのに、どうして上記記事のようにノック回数が乱れてしまったのだろうか?
専門家ではないので、間違っているかもしれないが、おそらく1971年に大ヒットした DAWNのKnock Three Times (邦題:ノックは3回)という歌の影響ではないかと思う。
DAWNのTie A Yellow Ribbon Round The Ole Oak Tree (邦題:幸せの黄色いリボン)ならば、お若い方も一度は耳にしたことがあるかも知れない。
アパートの上下階に住む男女の歌で、上の階に住む男の3回ノックは、「逢いたいんだ」というデートの申し込みで、下の階に住む女の配管を叩く2回ノックは、「ダメよ」という返事。二人だけの暗号なのだ。
この逢いたいという希望を伝える3回ノックが、「ノックは3回」という邦題とともに、「入ってもいいですか?」という希望を伝える意味に受け取られて、3回ノックが面接での正しいノックの回数だという風に、まことしやかに言われるようになったのではないかと思うのだが、如何なものだろうか。
同様に、トイレのドアをノックされた場合に、中に入っている人が「(使用中だから)ダメよ」と2回ノックするようになったため、2回ノックはトイレノックと呼ばれるようになったと思うのだが、如何なものだろうか。
ちなみに、欧米ではトイレのドアをノックしない。ドアの下から足が見えるので、使用中であることが一目瞭然だからだ。
なお、欧米のマナーも時代とともに変化するのではないかという疑問が生じるかも知れない。
確かに、洋の東西を問わず、マナーは時代とともに変化するので、ひょっとしたら4回ノックも古臭い作法になっているかも知れない。
ただ、父の取引先の社長さんは、パブリックスクールを経てオックスフォード大学を卒業した生粋の英国紳士で、やはり4回ノックをしておられたそうだ。
ドアノックが欧米のマナーである以上、日本人がわざわざ欧米の下層階級の真似事をする理由はないので、たとえ古臭いとしても、お行儀良く「紳士淑女は4回ノック」を実践すべきだろう。
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