法規命令と行政規則の盲点


【問題】

 岩手県矢巾町(やはばちょう)の「一般職の職員の旅費に関する条例」第15条本文の「訓令」は、法規命令なのか。

A 法規命令である。

B 法規命令ではない。


cf.1岩手県矢巾町の「一般職の職員の旅費に関する条例 (昭和30年3月7日 条例第12号)」

(旅費の種類)

第5条 旅費の種類は、鉄道賃、船賃、航空賃、車賃、日当、宿泊料、移転料、着後手当及び扶養親族移転料とする。

(第2項から第7項まで省略:久保。)

8 特別の職務に従事する職員については、第1項に掲げる旅費に代え、日額旅費を旅費として支給することができる。

(日額旅費)

第15条 第5条第8項の規定により支給する日額を受ける者の範囲、額、支給条件及び支給方法は、訓令で定める。ただし、その額は、当該日額旅費の性質に応じ、第5条第1項に掲げる旅費について別表第1の定額を超えることはできない。


1 おさらい

 法規命令と行政規則の意義について、ここで簡単におさらいをしておこう。


 伝統的な行政法学説によれば、行政機関が法条の形式で定めた規範のことを行政立法という。行政立法には、法規の性質をもつ法規命令(単に命令と呼ばれることもある。)と、法規の性質をもたない行政規則がある。


 法規とは、法規範の略語だが、3つの意味がある。

①広義:すべての法規範

②狭義:個別・具体的作用(行政処分や判決)に対して、一般的・抽象的性質を有する法規範

③最狭義:国民の権利義務に関する法規範

 行政立法の分類基準で用いられている法規(Rechtssatz)とは、③の意味で用いられている。


 それ故、法規命令とは、法規の性質をもつ行政立法、すなわち、国民の権利義務に関する事項を含む行政立法をいう。

 この法規命令には、委任命令と執行命令がある。委任命令補充命令ともいう。)とは、法律の個別具体的な委任に基づいて、新たに国民に権利を与え、義務を負わせる法規命令であるのに対して、執行命令とは、上級の法令ですでに決められている具体的事項について、その一般的な委任に基づいて、実施細目を定める法規命令である。いずれも国民の権利義務に関わるので、公布が必要である。

 また、法規命令の発令形式には、制定機関によって、政令(内閣)、内閣府令(内閣府の長たる内閣総理大臣)、省令(各省大臣)、外局規則(庁の長官・委員会)、独立機関規則(会計検査院、人事院)がある。


 これに対して、行政規則とは、法規の性質をもたない行政立法、すなわち、国民の権利義務に関する事項を含まない行政立法をいう。国民の権利義務に関する事項以外の事項というのは、行政組織内部の事項であって、①行政事務の分配・処理に関する事項、②設備・物品の管理に関する事項などをいう。

 行政規則は、国民の権利義務とは直接関係しないので、行政機関は、法律の委任がなくても、行政権に伴う権能としてこれを定めることができるし、公布も不要であって、国民には内緒の秘密訓令・秘密通達も認められる。

 行政規則の発令形式には、訓令、通達、要綱(訓令の一種)、告示がある。


2 初心者が陥りやすい過ち

 上述した法規命令と行政規則の区別は、法条の内容(実質)に着目した理論上の分類なのに、初心者は、形式的な発令形式にとらわれて、常に、政令・内閣府令・省令などは法規命令で、訓令・通達などは行政規則であると杓子定規に考えがちだ


 その一因は、初心者を対象とした講義では、いきなりややこしいことを述べると頭が混乱するため、細かいことを捨象するからだ。

 実際、私も、職員研修では細かいことを話さないようにしている。そのため、研修終了後に、受講者から「地方自治法第14条第2項が『普通地方公共団体は、義務を課し、又は権利を制限するには、法令に特別の定めがある場合を除くほか、条例によらなければならない。』と定めているので、要綱等の行政規則で定められた通りに住民に行動して欲しい場合には、条例に定めなければならないのですよね?」と訊ねられた場合に、「はい、おっしゃる通りです。そのため、実際、要綱等の条例化が進んでいます。ただ、条例の委任に基づいて要綱等の行政規則が定められていれば、それは法規命令ですけど。」と回答すると、びっくりなさる。

 行政法学者が書いた行政法総論の教科書でも、下記のことについて、触れているものが少ないし、触れられていてもほんの1〜2行程度だ。

 しかし、下記のことは、実務上、極めて重要なことなのだ。これを正しく理解している職員さんは、意外に少ないように思われる。


 すなわち、(法規)命令の形式をとっているものでも、実質上、行政規則又は処分の性質を有するものがあり、また、逆に、(法規)命令の形式をとらないで、告示・訓令・指令などの形式をとりながら、実質上は、法規たる性質をもつものもある」のだ(田中二郎著『新版行政法上巻全訂第二版』弘文堂160頁。太字・丸カッコ書き:久保。)。

 「告示・訓令・通達・指令等が一般的な法条の形式で定められているときは、一般的には、ここでいう行政規則の性質をもつものと解される。ただ、これらのなかには、実質上、法令の補充的な意味をもち、それ自体、法規的性質をもつものがある。この場合には、これに違反する行為は、違法となるを免れない。しかし、行政規則は、一般的には、法規としての性質をもたないものであるから、それに違反する行為もその効力を妨げられない。例えば、訓令・通達に違反する処分その他の行為は、ただそのことだけの理由によってはその効力を妨げられないと解すべきである。」(前掲・田中166頁。太字:久保。)。

 「法規たる性質を有しない行政規則は、別段、法律の授権をまたず、行政権の当然の権能としてこれを定めることができる。ただ、特定の告示・訓令又は指令のように、法規の補充命令たる性質をもつものについては、その法規の具体的委任を必要とすると解すべきである。」(前掲・田中167頁。太字:久保。)。


 一般的に、法令とは、法律及び政令・内閣府令・省令等の法規命令並びに条例規則その他の規程をいい、訓令・通達等の行政規則は、法令ではない

 そのため、葛飾区個人情報の保護に関する条例の施行について(通達)第2⑴は、一見すると、間違っているように思われるだろう。

 しかし、形式的には訓令・通達等であっても、条例規則の委任に基づく法規の性質を有する法条は、実質的には法規命令なので、法令なのだ。おそらく葛飾区個人情報の保護に関する条例の施行について(通達)第2⑴も、このような考えに基づいて定められているものと思われる。


cf.2葛飾区個人情報の保護に関する条例の施行について(通達) (昭和61年8月15日 61葛企企発第36号)

第5条関係 (収集目的の正当性等)

第1 趣旨

本条は、執行機関が個人情報を収集する目的の範囲について規定したものである。

第2 説明

執行機関が個人情報を収集するに当たっては、あらかじめ収集する目的を明確にしておかなければならない。また、収集する個人情報の範囲は、必要最小限でなければならないことを基本原則としたこと。

(1) 「法令」とは法律、命令、条例及びこれらの委任に基づく訓令、通達並びに規則をいう。


 では、問題の答え合わせをするとしよう。

【問題】の正解は、A。

 地方公務員法第24条第5項は、「職員の給与、勤務時間その他の勤務条件は、条例で定める。」と定めている。そのため、矢巾町の「一般職の職員の旅費に関する条例」第5条第8項は、「特別の職務に従事する職員については、第1項に掲げる旅費に代え、日額旅費を旅費として支給することができる。」と定めているわけだ。そして、同条例第15条本文は、「第5条第8項の規定により支給する日額を受ける者の範囲、額、支給条件及び支給方法は、訓令で定める。」として、委任事項を限定列挙した上で、訓令に具体的委任をしている。したがって、当該訓令の法条は、形式的に見れば、行政規則にすぎないが、実質的には法規命令なのだ


 ただ、個人的には、このように訓令等の行政規則に委任することは、望ましくなく、委任するならば、長その他の執行機関が定める規則その他の規程に委任すべきだと考えている。

 なぜならば、規則その他の規程は、憲法第94条の「条例」に当たるので、公布されるのに対して、訓令等の行政規則は、公布が不要なので、国民の権利義務に関する事項が秘密訓令・秘密通達等の発令形式で定められてしまう危険性があるからだ。

 自治体の例規集を見ていると、この点を全く意識していないものが散見される。


 形式的に見れば、行政規則にすぎないが、実質的には法規命令である訓令等が、有効に成立するためには、法規命令の成立要件を充足しなければならないことを肝に銘じるべきだ。

 すなわち、「法規命令が有効に成立するためには、その主体(正当な権限を有する行政官庁が定立すること)、内容(授権の範囲において、しかも、上級の法令に抵触せず、上級の法令の先占区域を侵さず、かつ、内容の可能・明確なこと)、手続(審議機関の議を経るを要する場合にはそれを経ること等)、及び形式(命令の種類を明記し、権限のある行政官庁の署名した文書によること)のすべての点について、法の定める要件に適合することを要し、さらに、これを外部に表示(公布)することを要する。」「右の諸要件のいずれかを欠く命令は、瑕疵ある命令であり、その瑕疵が重大かつ明白なときは、命令として何らの効力を生じない(裁判所は、違憲法令審査権によって、その違法・違憲ー無効ーの判断をすることができる)。」(前掲・田中162頁。太字:久保。)。



 






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