「科料(かりょう)」と「過料(かりょう)」は、いずれも違反者から金銭を取り上げる点では同じだが、「科料」は前科が付く刑罰であって、司法権の作用であるのに対して、「過料」は刑罰ではなく、単に金銭支払義務を課すだけであって、行政権の作用なので、同じ発音である両者を区別するために、実務上、わざと「科料」を「とがりょう」と呼び、「過料」を「あやまちりょう」と呼んで、重大な違反については「科料」を、路上喫煙禁止地区における喫煙のような軽微な違反については前科が付かない「過料」をそれぞれ科すというように両者を使い分けている。
似たような法律用語として、「没収(ぼっしゅう)」と「没取(ぼっしゅ)」がある。どちらも財産の所有権を取り上げる点では同じだが、「没収」は刑罰であって、司法権の作用であるのに対して、「没取」は刑罰ではなく、行政庁又は裁判所によって行われる所有権の剥奪であって、行政権の作用なので、紛らわしい発音である両者を区別するために、実務上、わざと「没取」を「ぼっとり」と呼ぶことがある。
没取の例としては、令和元年12月31日付で、東京地裁が、刑事訴訟法第96条第2項に基づいて、保釈中にレバノンに逃亡した日産自動車前会長、カルロス・ゴーン被告人が納付した保釈保証金15億円を没取する決定をしたことが記憶に新しい。没取金額は、過去最高額だ。
その他にも、家庭裁判所が行う刑罰法令に触れる行為を組成した物の没取(少年法第24条の2)、外務大臣による偽造旅券の没取(旅券法第25条)、公正取引委員会の申立てによって裁判所が行う供託に係る保証金又は有価証券の没取(独占禁止法第70条の5第2項)などがある。
「科料」と「過料」の区別は、厳格に行われているのだが、残念ながら「没収」と「没取」の区別は、必ずしも厳格に行われていない。
例えば、本来であれば、「没取」という用語を用いるべきなのにこれを用いずに、選挙に立候補する際の供託金の「没収」と表記されていたり(公職選挙法第93条、第94条)、未成年者が飲用のために所持している酒類の「没収」と表記されていたり(未成年者飲酒禁止法第2条)、偽造印紙の「官没」と表記されたりしている(印紙犯罪処罰法第5条)。現在は廃止されている監獄法では、「没入」と表記されていた(旧監獄法第54条)。
このように、国の法令ですら「没収」と「没取」が厳格に区別されていない以上、況(いわん)や例規をや。
条例アーカイブデータベースで「没取」を検索すると、たった7つしかヒットしなかった。いずれも公用文作成に関する訓令・通達であって、「没取する→国庫に帰属させる」というように分かり易い表現に改めるよう定められていた(ex.茨城県の「公用文における漢字使用等について(昭和57年4月7日 総第100号総務部長通知)」、沖縄県の「公用文における漢字使用等について(依命通達) (昭和57年4月20日総文第77号)」 )。このことから、自治体では「没取」は用いられていないと言っても過言ではなさそうだ。
そもそも自治体は、行政主体である以上、行政権の作用である「没取」を用いるべきなのに、例規では司法権の作用である「没収」が多用されている(ex.川崎市乗合自動車乗車料条例、足立区立公園条例、丸亀市市税条例、岐阜県税条例 )。
おそらく一般通常人にとっては「没取」よりも「没収」の方が分かり易いので、例規でも「没取」ではなく、「没収」を用いているのだろうが、そうであるとすれば、尚更、わざわざ法的性質が全く異なる「没収」を用いて誤用を助長したりせずに、「剥奪する」、「奪う」、「取り上げる」又は「回収する」などの平易な表現を用いるべきではなかろうか。
cf.1刑事訴訟法 (昭和二十三年法律第百三十一号)
第九十六条 裁判所は、左の各号の一にあたる場合には、検察官の請求により、又は職権で、決定を以て保釈又は勾留の執行停止を取り消すことができる。
一 被告人が、召喚を受け正当な理由がなく出頭しないとき。
二 被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
三 被告人が罪証を隠滅し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
四 被告人が、被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え若しくは加えようとし、又はこれらの者を畏怖させる行為をしたとき。
五 被告人が住居の制限その他裁判所の定めた条件に違反したとき。
○2 保釈を取り消す場合には、裁判所は、決定で保証金の全部又は一部を没取することができる。
○3 保釈された者が、刑の言渡を受けその判決が確定した後、執行のため呼出を受け正当な理由がなく出頭しないとき、又は逃亡したときは、検察官の請求により、決定で保証金の全部又は一部を没取しなければならない。
cf.2少年法 (昭和二十三年法律第百六十八号)
(没取)
第二十四条の二 家庭裁判所は、第三条第一項第一号及び第二号に掲げる少年について、第十八条、第十九条、第二十三条第二項又は前条第一項の決定をする場合には、決定をもつて、次に掲げる物を没取することができる。
一 刑罰法令に触れる行為を組成した物
二 刑罰法令に触れる行為に供し、又は供しようとした物
三 刑罰法令に触れる行為から生じ、若しくはこれによつて得た物又は刑罰法令に触れる行為の報酬として得た物
四 前号に記載した物の対価として得た物
2 没取は、その物が本人以外の者に属しないときに限る。但し、刑罰法令に触れる行為の後、本人以外の者が情を知つてその物を取得したときは、本人以外の者に属する場合であつても、これを没取することができる。
cf.3旅券法 (昭和二十六年法律第二百六十七号)
(没取)
第二十五条 第二十三条の罪(第一項第一号の未遂罪を除く。)を犯した者の旅券若しくは渡航書又は旅券若しくは渡航書として偽造された文書は、外務大臣が没取することができる。
cf.4昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律) (昭和二十二年法律第五十四号)
第七十条の五 前条第一項の規定による裁判については、裁判所の定める保証金又は有価証券(社債、株式等の振替に関する法律第二百七十八条第一項に規定する振替債を含む。次項において同じ。)を供託して、その執行を免れることができる。
○2 前項の規定により供託をした場合において、前条第一項の規定による裁判が確定したときは、裁判所は、公正取引委員会の申立てにより、供託に係る保証金又は有価証券の全部又は一部を没取することができる。
○3 前条第二項の規定は、前二項の規定による裁判について準用する。
cf.5公職選挙法(昭和二十五年法律第百号)
(公職の候補者に係る供託物の没収)
第九十三条 第八十六条第一項から第三項まで若しくは第八項又は第八十六条の四第一項、第二項、第五項、第六項若しくは第八項の規定により届出のあつた公職の候補者の得票数が、その選挙において、次の各号の区分による数に達しないときは、前条第一項の供託物は、衆議院(小選挙区選出)議員又は参議院(選挙区選出)議員の選挙にあつては国庫に、都道府県の議会の議員又は長の選挙にあつては当該都道府県に、市の議会の議員又は長の選挙にあつては当該市に、町村長の選挙にあつては当該町村に、帰属する。(以下、省略:久保。)
(名簿届出政党等に係る供託物の没収)
第九十四条 衆議院(比例代表選出)議員の選挙において、衆議院名簿届出政党等につき、選挙区ごとに、三百万円に第一号に掲げる数を乗じて得た金額と六百万円に第二号に掲げる数を乗じて得た金額を合算して得た額が当該衆議院名簿届出政党等に係る第九十二条第二項の供託物の額に達しないときは、当該供託物のうち、当該供託物の額から当該合算して得た額を減じて得た額に相当する額の供託物は、国庫に帰属する。(以下、省略:久保。)
cf.6未成年者飲酒禁止法(大正十一年法律第二十号)
第二条 満二十年ニ至ラサル者カ其ノ飲用ニ供スル目的ヲ以テ所有又ハ所持スル酒類及其ノ器具ハ行政ノ処分ヲ以テ之ヲ没収シ又ハ廃棄其ノ他ノ必要ナル処置ヲ為サシムルコトヲ得
cf.7印紙犯罪処罰法(明治四十二年法律第三十九号)
第五条 偽造、変造ノ印紙、印紙金額ヲ表彰スヘキ印章又ハ消印ヲ除去シタル印紙ハ裁判ニ依リ没収スル場合ノ外何人ノ所有ヲ問ハス行政ノ処分ヲ以テ之ヲ官没ス
○2 官没ニ関スル手続ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム
cf.8旧監獄法(明治四十一年三月二十八日法律第二十八号)
第五十四条 在監者ノ私ニ所持スル物ハ之ヲ没入又ハ廃棄スルコトヲ得
cf.9川崎市乗合自動車乗車料条例 (昭和25年12月15日条例第44号)
第7条 次の各号のいずれかに該当する場合には、当該乗車券はこれを無効とし没収した上相当料金を支払わせ、なお情状により料金相当額を請求することができる。
(1) 乗車券の記載事項を塗抹又は改ざんして使用したとき。
(2) 記名式により発行した乗車券を記名人以外の者に使用させたとき。
(3) 通用期間開始以前又は通用期間経過後の定期乗車券を使用したとき。
(4) 定期乗車券の使用資格を喪失した後にこれを使用したとき。
(5) 乗車券の検札又は回収に対し係員の請求を拒んだとき。
(6) その他乗車券を不正に使用したとき。
cf.10足立区立公園条例(昭和33年3月22日条例第2号)
第28条 第24条の規定に違反した者に対して、その使用を停止し、使用料又は予納金を没収する。
cf.11丸亀市市税条例 (平成17年3月22日条例第77号)
(無効の原動機付自転車及び小型特殊自動車標識の没収)
第84条 法第450条の規定により検査を行う徴税吏員が無効の原動機付自転車又は小型特殊自動車の標識を発見したときは、その標識を没収する。
cf.12岐阜県税条例 (昭和二十五年八月二日条例第二十二号)
(軽油引取税の特別徴収義務者としての登録の証票等)
第七十一条の十二 法第百四十四条の十六第一項の規定により交付する軽油引取税の特別徴収義務者であることを証する証票(以下この条及び次条において「登録の証票」という。)については、施行規則第八条の二十八に規定するところによる。
2 登録の証票は、次の各号の一に該当するものは、無効とする。
一 法第百四十四条の十六第四項の規定により知事に返すべきもの
二 所在不明者の遺留したもの
三 紛失又は亡失の届出をしたもの
3 徴税吏員は、無効となつた登録の証票を発見したときは、没収しなければならない。
(ゴルフ場利用税の特別徴収義務者としての登録の証票等)
第百六条 法第八十四条第二項の規定によつて交付するゴルフ場利用税の特別徴収義務者であることを証する証票(以下本条及び次条において「登録の証票」という。)については、規則で定める。
2 登録の証票は、左の各号の一に該当するものは無効とする。
一 法第八十四条第五項の規定により知事に返すべきもの
二 所在不明者の遺留したもの
三 紛失又は亡失の届出をしたもの
3 徴税吏員は、無効となつた登録の証票を発見したときは、没収しなければならない。
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