「裁」その1

 「裁判所職員のバッジは,八咫の鏡をかたちど り,中心に裁判所の「裁」の字を浮かした形を しています。鏡が非常に 清らかで,はっきりと, 曇りなく真実を映し出す ことから,八咫の鏡は, 裁判の公正を象徴するも のと言われています。」

https://www.courts.go.jp/vc-files/courts/file2/210003.pdf

 三種の神器の一つである八咫(やた)の鏡がモチーフになっているのが、政教分離の原則から興味深い。

 裁判所のHPで裁判所職員のバッジの根拠規定を検索しても出てこなかったのだが、山中理司弁護士が情報開示請求をなさった結果、開示されていた。

 裁判官その他の裁判所職員のバツジに関する規程(昭和24年最高裁判所規程第1号)

 バッジの形状・大きさは同じだが、裁判官は縁が金色で、裁判官以外の裁判所職員は縁が銀色なんだね。


1 「裁」の意味

 裁判、裁判所、裁決、裁量、決裁など、法律の世界では「裁」の字が多用されている。「裁」には、どのような意味があるのだろうか。


 『新漢語林』(大修館書店)によると、「裁」の字義には、

①たつ

②したてる。布をたちきって衣服を仕立てる。

③したて(仕立)。衣服を裁って縫うこと。

④ほどよくする。きりもりする。適当に処置する。適当に判断する。

⑤さばく。是非善悪を判断してきめる。また、さばき。決裁、裁判。

⑥おさえる(抑)。

⑦へらす(減)。

⑧かた(型)。ようす。「体裁(テイサイ)」

⑨わずかに。

とある。


2 「裁」の字源

 『新漢語林』(大修館書店)の「解字」によると、「裁」は、「衣類をたち切るの意味を表す。」とある。

 

 確かに、罪人を戈(ほこ)で処刑すれば、罪人が着ている衣類もたち切られるので、そこから⑤さばき、裁判という意味が生まれたようにも思える。


 しかし、この説明では、①〜④の意味をうまく説明できないのではなかろうか。

 その昔、追い剥ぎが「身包(ぐる)み置いていけ!」と言って、旅人の衣類まで奪ったように、産業革命により布が大量生産されるまでは、衣類は貴重品だったから、イエスが衣類を脱がされて磔刑に処せられたように(絵画や彫刻では腰に布を巻いているが、実際には、古代ローマでは、男女問わず全裸で磔刑に処せられた。)、古代支那(シナ。chinaの地理的呼称。)においても、罪人を戈で処刑する際には、衣類を脱がせたはずだ。


 これに対して、『角川新字源 改訂新版』によれば、「布をたちきる、ひいて「さばく」意を表す。」とある。

 世界最古の漢字辞典である『説文解字』も、「裁 制衣也。从衣𢦔聲。」(裁は、衣を制(つく)るなり、衣に従ひ、𢦔を聲とす。)と述べている。

 この説明ならば、①〜④の意味をうまく説明できる。


 すなわち、布を織るには、膨大な時間と手間がかかる。昔は、すべて手作業だった。そのため、布は、大変貴重だった。私が子供の頃は、紙おむつが発明されていなかったので、例えば、古くなった浴衣は、縫い目を解いて、赤ちゃんの襁褓(おしめ)にし、最後は雑巾(ぞうきん)にして、使い倒すのが当たり前だった。

 大変貴重な布を裁断することは、もったいないので、布が開発された当初は、布を裁断するという発想自体がなかったと思う。それ故、古代ギリシャや古代ローマの人々は、身体の何倍もある布を身体に巻き付けていたわけだ。現代においても、インドなどでは、女性が布を身体に巻き付けるサリーと呼ばれる民族衣装を着ているのも、その名残りかも知れない。

 しかし、布を身体に巻き付けるやり方は、大量の布を必要とする。そこで、布を節約し、動きやすくするために、布を裁断して縫って衣類に仕立てる方法が生まれたのだろう。

 ここから①〜③の意味が生まれたと思われる。


 そして、型紙を使って服のパーツごとに布を「曲線裁断」する「洋裁」は、13世紀以降に生まれたそうだから、それまでは洋の東西を問わず、「和裁」と同じ「直線裁断」(布を長方形に裁断すること。)だったと思われ、古代支那も例外ではなかったと考えられる。

 誰しも家庭科の授業で布を裁断したことがあるから、よく理解できると思うが、現代のよく切れるハサミなどを使っても、布の裁断は、難しい。古代支那においても、布の裁断は、難しかったことだろう。シルクはもちろんだが、麻布のようなゴワゴワとした布を丁度良い幅に真っ直ぐ切るには、熟練を要したと思われる。

 丁度良い按配に布を断って、衣類を仕立てることから、④の意味が生まれたのだろう。裁量権の「裁」は、④の意味だ。


 さらに、訴訟事件を一枚の布に見立て、これをさばいて、解決案(衣類)を仕立てるという⑤の意味が派生したのだろう。


 以上、想像を交えて「裁」の字源を考えてみた。ど素人の考えだから、決して鵜呑みにしないでいただきたい。

 

 

 

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