法制執務における自然犯と法定犯

1 自然犯と法定犯の違い

 自然犯と法定犯の区別は、刑法総論でちょこっと触れられる程度だが、よく考えてみると、そもそも両者を区別することが可能なのか、可能であるとして両者の区別基準如何、法定犯の自然犯化はありうるのか、刑事犯と行政犯の区別との関係など、検討すべき課題が多い。

 これらの課題については、専門家に任せるとして、ここでは法制執務に関わるもっと初歩的な話をしようと思う。


 自然犯とは、法律の規定をまつまでもなく、その行為自体が反社会的、反道義的とされる犯罪をいう。殺人、窃盗、強盗、放火などのような刑法上の犯罪(刑事犯)がこれに当たる。これらの行為は、どこの国・民族であっても、反社会的・反道義的な犯罪とされている。

 人の倫(みち)に外れた行為をしたとして、道義的責任を追及されるわけだ。


 これに対して、法定犯とは、その行為自体には反社会性・反道義性はないが、一定の行政目的を実現するため、法律が一定の作為・不作為を命ずることを前提に、その法律上の義務に違反することにより初めて反社会性・反道義性を帯びる犯罪をいう(行政犯)。

 例えば、日本では、自動車は左側通行だとされているが(道路交通法第17条第4項)、これ自体は道徳で決まっているものではない。アメリカでは、自動車は右側通行だからだ。

 しかし、左右どちらかに決めておかなければ交通事故が発生する。そこで、同じ島国だということで、イギリスを見習って、法律上、自動車は左側通行すべしと定められているにすぎない。

 つまり、交通安全を守るという行政目的を実現するために、自動車は左側通行すべしと義務付けて、これに違反したら3月(げつ)以下の懲役又は5万円以下の罰金に処すことにしているのだ(道路交通法第119条第1項第6号)。


2 法人処罰の可否

 このような両者の違いから、まず、法人処罰の可否に違いが生ずる。

 刑法上、会社などの法人は、処罰されない。なぜならば、法人には心がないので、そもそも道義的責任を追及することが不可能であるし、また、法人には命がないので、死刑にできないし、法人には体がないので、懲役刑などの自由刑を科すことができないからだ。


 しかし、法定犯は、行政目的を実現するために刑罰を科すものにすぎず、道義的責任を追及するものではないから、法人に心がなくても構わないし、また、確かに、法人には、生命刑(死刑)や自由刑(懲役、禁固、拘留)を科すことができないが、財産刑(罰金、科料、没収)を科すことができる。


 そこで、かつては、事業主だけを処罰する転嫁罰規定が設けられたことがあるが、実権のない者を事業主に据えて、実権を持つ者が従業員として違反行為を行う脱法行為が蔓延(はびこ)ったことから、今では転嫁罰規定に代わって両罰規定が定められるようになった。

 すなわち、法律上の義務に違反した従業員だけでなく、雇い主をも処罰する両罰規定を設けておけば、法定犯については法人を処罰することができる

 

 このような両罰規定があれば、一定の犯罪抑止力にはなる。訴追・有罪判決により企業イメージが低下するし、罰金刑は財産的痛手であり、利益を剥奪されるからだ。

 しかし、悪徳企業にとっては、企業イメージの低下は痛くも痒くもないし、罰金刑の上限(条例では100万円以下に限られている。地方自治法第14条第3項)が低いので、罰金を払ってでも義務に違反して荒稼ぎした方がお得だと考える連中が後を絶たない。


 なお、両罰規定は、刑罰ではない過料についても条例上設けられることがある。


ex. 竜王町法定外公共物管理条例(平成17年3月24日条例第14号) 

(両罰規定) 

第24条 法人の代表者または法人もしくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人または人の業務に関し、前条の違反行為をしたときは、行為者を 罰するほか、その法人または人に対しても前条の過料を科する。


3 罰則規定の書き方

 次に、自然犯と法定犯の違いから、罰則規定の書き方も違ってくる。罰則規定の書き方には、2種類ある。

 ① 「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。」(刑法第199条)のように、犯罪の構成要件の全部を罰則規定中に表示する書き方(刑法に規定される犯罪は、すべてこの書き方で規定されている。)


 ②  「車両は道路(歩道等と車道の区別のある道路においては、車道。以下第九節の二までにおいて同じ。)の中央(軌道が道路の側端に寄つて設けられている場合においては当該道路の軌道敷を除いた部分の中央とし、道路標識等による中央線が設けられているときはその中央線の設けられた道路の部分を中央とする。以下同じ。)から左の部分(以下「左側部分」という。)を通行しなければならない。」(道路交通法第17条第4項)のように、「本則」のところに義務規定を置き、「第十七条(通行区分)第一項から第四項まで…の規定の違反となるような行為をした者」(道路交通法第119条第1項第6号)は、「三月以下の懲役又は五万円以下の罰金に処する。」(道路交通法第119条第1項柱書)のように、「罰則」のところに処罰規定を置き、両者を合わせて一つの犯罪の構成要件が明確になる書き方


 ①の書き方は、自然犯(刑事犯)で通常用いられる。「人を殺してはならない」という義務規定をわざわざ設けるまでもなく、殺人は許されないと社会一般に考えられているからだ。


 これに対して、②は、法定犯(行政犯)に用いられる。本則の義務規定と罰則の処罰規定の整合性が保たれ、それぞれの規定が明確で、違反行為と刑罰とのバランスが取れていることが罪刑法定主義(憲法第31条)から求められる。


4 過失犯の取扱い

 行政刑罰も刑罰であるから、法定犯についても、法令に特別の規定がないかぎり、刑法総則の適用がある(刑法第8条)。

 刑法上、罪を犯す意思(故意)がない行為は、過失犯を処罰する旨の法律の規定がないかぎり、原則として不可罰である(刑法第 38条第1項)。

 したがって、法定犯の場合にも、不注意(過失)によって行政上の義務に違反した者に対して行政刑罰を科すには、過失 犯を処罰する旨の法律(条例を含む。)の規定が必要だということになる(刑法第8条・第38条第1項ただし書)。


 ところが、判例は、法定犯の場合には、過失犯を処罰する旨の明文の規定がなくても、処罰規定が過失犯をも処罰する趣旨であるときには過失行為に対して行政刑罰を科すことも許されると解している(旧外国人登録令違反事件、 最判昭28.3.5)。

 この点が、自然犯と法定犯を区別する実益だと言われている。


 しかし、条例案を策定する際には、法定犯について、過失犯も処罰されるのかどうかを巡って裁判沙汰にならぬように、明確な過失犯処罰規定を設けるのが妥当だ。訴訟リスクを回避することも、法制執務では重要だ。


ex.1東近江市生活環境保全及び公害防止に関する条例 (平成19年6月26日 条例第28号)

第63条 次の各号のいずれかに該当する者は、6月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。

  (1) 第27条第1項又は第35条第1項の規定に違反した者

  (2) 第49条第4項の規定による命令に違反した者 

2 過失により前項第1号の罪を犯した者は、3月以下の禁固又は20万円以下の罰金に処する。


ex.2新ひだか町普通河川管理条例 (平成18年3月31日 条例第175号)

第23条 次の各号の一に該当する者は、30万円以下の罰金に処する。 

 (1) 故意又は重大な過失により第7条第1号の規定に違反した者 

 (2) 第8条第1号、第3号、第5号又は第6号の規定に違反した者

 2 詐欺その他不正の行為により、第8条第1号、第3号、第5号又は第6号の許可を受けた者は、30万円以下の罰金に処する。 

3 次の各号の一に該当する者は、20万円以下の罰金に処する。

  (1) 故意又は重大な過失により第7条第2号の規定に違反した者 

  (2) 故意又は重大な過失により第8条第7号の規定に違反した者

  (3) 第9条第1項又は第2項の規定に違反した者又は虚偽の届出をした者 

  (4) 詐欺その他不正の行為により、第8条第7号の許可を受けた者 

     (5) 第14条第1項の規定に違反して、報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、又は同項の規定による検査を拒み、若しくは妨げた者


ex.3福智町地籍調査の基準点等の管理及び保全並びに成果等の活用に関する条例 (平成29年3月14日 条例第2号)

第12条 故意により第3条第1項に違反した者は、2年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。

2 重大な過失により第3条第1項に違反した者は、100万円以下の罰金に処する。 

3 過失により第3条第1項に違反した者は、50万円以下の罰金に処する。 

4 第5条の規定に違反し基準点等を使用した者は30万円以下の罰金に処する。


 最後に、法定犯の自然犯化については、大麻使用に関連して園田寿教授がわかりやすく解説しているので、リンクを貼っておく。






 


 


 



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