生徒 こんにちは!先生、何を読んでらっしゃるのですか?
老先生 ああ、こんにちは。古本屋で見つけた本でな、昭和23年〜24年に発行された文部省著作教科書『民主主義』の復刻版(径書房)じゃ。
生徒 ヘェ〜そんな教科書があったんですね。初めて見ました!
老先生 昭和28年まで中高生の社会科教科書として使用されておったものじゃから、見たことがないのも当然じゃな。
生徒 どんなことが書かれているのですか?
老先生 少し長いが一部引用してみよう。
「法律を作ったり、政治の方針を決めたりする場合に、みんなが違った意見を主張し、お互いの判断を固執して譲らないということになると、いつまでたっても結論に達することができない。各人の考えは尊重しなければならないが、さればといって、互いに対立するどの考えにも同じように賛成し、甲の意見ももっともだ、乙の主張にも理由があると言ってばかりいたのでは、一つの方針でもって実際問題を解決することは不可能になる。そこで、民主主義は多数決という方法を用いる。みんなで十分に議論をたゝかわせた上で、最後の決定は多数の意見に従うというのが、民主政治のやり方である。ある一つの意見を原案として掲げ、手をあげたり、起立したり、投票したりして、賛成かどうかを問い、原則として過半数が賛成ならばその案を採用し、賛成者が少数ならばこれを否決する。そうして、一度決めた以上は、反対の考えの人々、すなわち、少数意見の人々もその決定に従って行動する。それが多数決である。多数による決定には、反対の少数意見の者も服するというのが、民主主義の規律であって、これなくしては政治上の対立は解決されず、社会生活の秩序は保たれえない。」(同書95頁)。
生徒 すごく分かりやすい説明ですね!
老先生 そうじゃな。書いてあることには間違いはないが、この説明の仕方によると、まるで議会=民主主義=多数決が論理必然であるかのような誤解を招くおそれがあるの〜
生徒 え?!議会≠民主主義であることは、前回教えていただきましたが、民主主義=多数決だと思っていました!!
老先生 確かに、古代ギリシャの直接民主制を念頭に置けば、民主主義=多数決と考えてもよいのかも知れんが、現代の議会は、前回話したように中世ヨーロッパの身分制議会に由来し、古代ギリシャの直系ではないのじゃ。
中世ヨーロッパは、古代ギリシャ・ローマという滅びた文明の遺産を継承してはおるんじゃが、いわばゲルマン民族という太い幹に古代ギリシャ・ローマの遺産を接木しているにすぎん。ヨーロッパの中世というのは、暗黒の時代じゃと思われがちで、それもあながち間違ってはおらんのじゃが、ローマ人から蛮族と呼ばれ、当初は文字を持たなかった未開なゲルマン民族が、ローマ帝国崩壊後、古代ギリシャ・ローマとは異なる自分たちの新しい文明(近代西洋文明)をつくりだす飛躍の時代だったんじゃ。
話が少し横道に逸れたが、中世ヨーロッパにおいては、全員一致で合意形成がなされておったのじゃ。一斉に武器を頭上に掲げて喝采することによって意思を表明し全員一致で合意形成を図るのがゲルマン民族の伝統だったからじゃな。そのため、身分制議会においても、全員一致じゃったわけじゃよ。
生徒 へぇ〜!随分勇ましいやり方だったんですね。
老先生 そうじゃの。ただ、全員一致自体は、ゲルマン民族の専売特許というわけではなく、どこの民族でも昔から行なってきた合意形成の方法の一つじゃがな。
現代の我が国でも、明文の規定はないが、閣議の議事は、全員一致で決せられておる。この閣議の全員一致制は、内閣が、国会に対して連帯責任を負う(日本国憲法第六十六条第三項)からだと説明するのが通説じゃが、慣習法だからだと説明するのが無難じゃろ。
というのは、「もともと全員一致制は、明治憲法において大臣同格制が原理とされたことの帰結であったことを考えれば、内閣総理大臣が「首長」とされる現行憲法においてもなお通用すべき原則であるかどうか、疑わしい。また、それは連帯責任制の帰結であると説かれることも多いが、かつて各大臣単独輔弼制であったことから大臣全員一致制が強調されたことを考えると、そのように解するのも妥当でない。」(大石真『憲法講義Ⅰ(第二版)』(有斐閣)190頁〜191頁)からじゃ。
ちなみに、日本国憲法が唯一明文の規定で「全員一致」を定めているのは、裁判官の全員一致で裁判を非公開で行うことを例外的に認める第八十二条第二項本文じゃ。
生徒 法律で全員一致を定めているものってあるんですか?
老先生 総務省のデータベースで検索すると、現行の法律で全員一致を定めているものが計6本あった。
①裁判官の全員一致で裁判の非公開を決定する法律が4本ある。
特許法(昭和三十四年法律第百二十一号)第百五条の七第一項
種苗法(平成十年法律第八十三号)第四十三条第一項
人事訴訟法(平成十五年法律第百九号)第二十二条第一項
不正競争防止法(平成五年法律第四十七号)第十三条第一項
②受託信託会社等の責任の免除を、権利者集会の全員一致で行うことを定める資産の流動化に関する法律(平成十年法律第百五号)第二百七十三条第二項
③あっせん案の作成を、あっせん委員の全員一致で行うことを定める個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律(平成十三年法律第百十二号) 第十三条第二項
生徒 意外と少ないのですね!先ほど、中世ヨーロッパの身分制議会が全員一致だったというお話でしたが、では、ヨーロッパの多数決って何に由来するんですか?
老先生 ローマ教皇を選ぶコンクラーベ(教皇選挙)に由来するそうじゃ。王位であれば、血筋によって自動的に継承者が決まるのじゃが、ローマ教皇は一代限りなので、教皇が亡くなるたびに新しい教皇を選ばなければならぬ。そこで、枢機卿と呼ばれる高位の僧侶たちが祈りを捧げ一斉に新教皇の名前を叫んで全員一致で選んでおったようじゃが、意見がまとまらず、教皇空位の非常事態になったため、多数決が導入されたそうじゃ。
生徒 ということは、多数決も、議会と同様に、民主主義とは全く無関係だったのですね!
老先生 その通りじゃ。ただ、この多数決も、ローマ・カトリックの専売特許というわけではない。例えば、原始仏教の教団では、「多語毘尼(たごびに)」という教団内の問題を解決する方法を定めた経典があり、この中に多数決があったんじゃ。公開投票、半公開投票、秘密投票の三つがあり、その通りに実施したら、大乗仏教と小乗仏教の分裂を生み、以降は使われなくなったらしい。また、『平家物語』にも出てくるが、延暦寺では、「満寺集会」という衆徒全員が出席する会で「大衆僉議(だいしゅせんぎ)」という評決を行い、そこでも多数決が用いられたんじゃ。
生徒 へぇ〜古今東西、人間の考えることって同じなんですね!
老先生 そうじゃな。ローマ・カトリックで確立された多数決が、その後、中世ヨーロッパの身分制議会に導入されるようになったんじゃ。
生徒 それはどうしてですか?
老先生 全員一致じゃと、一人でも反対すれば、王様は税金を徴収できんからじゃ。多数決による決定は、全員の総意とみなし、少数者もその決定に従わなければならないという多数決は、効率的に物事を決定することができる上に、反対派の少数者からも税金を徴収できるわけじゃから、王様は大喜びというわけじゃな。
もっとも、ポーランドの身分制議会では、多数決が導入されることなく、一貫して全員一致じゃった。それが原因の一つとなって、18世紀にポーランド・リトアニア共和国の領土は、ロシア、プロイセン及びオーストリアという周辺諸国によって3度にわたって分割されて、結局、滅亡してしまったんじゃ。この悲劇は、「ポーランド分割」と呼ばれて有名じゃから知っておろう。
生徒 ローマ・カトリック発祥の多数決が中世ヨーロッパの身分制議会を経て、現代日本の国会や地方議会等で用いられているなんて、なんだか不思議な感じです。
老先生 そうじゃの〜。現代では議会=民主主義=多数決であると考えられておるが、これらの結び付きは、誰かが意図的に設計したものではなく、先人たちが試行錯誤しながら自然発生的につくり上げてきた偶然の産物にすぎず、論理必然の帰結ではないのじゃ。
じゃが、「ポーランド分割」からも分かるように、そこには先人たちの智慧が込められておる。現在、参議院不要論や地方議員のなり手不足問題など様々な課題が山積し、議会のあり方が改めて問われておるが、頭でっかちにならぬよう、過去を振り返り、先人の智慧に学ぶ姿勢が大切じゃろうな。
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