裁判制度1

生徒 せんせい、今、憲法で司法権のところを勉強しているんですけど、裁判所ってどうもピンと来ないんです。。。

老先生 ほとんどの日本人は、訴えることも訴えられることもなく一生を終えるから、ピンと来なくて当然じゃよ。裁判沙汰に巻き込まれないことは幸せなことだと言えるの。

生徒 確かに、そうですね♪ 今の裁判所って西洋由来ですよね?

老先生 そうじゃよ。

生徒 西洋では昔から今のような裁判所があったんですか?

老先生 えッ?! 藪から棒に、ややこしいことを訊きよるわい。苦笑

う〜ん。。。「西洋」にいつのどの地域まで含めるかにもよるが、少なくともゲルマン社会には、元々は裁判所がなかったんじゃ。しかし、その後、裁判所ができて、これが近代国家の形成に大きな役割を果たすことになるんじゃよ。

生徒 どういうことですか?

老先生 そう慌てなさんな。一口に中世と言っても、1000年の長さがあるし、地域によって発展の度合いがまちまちじゃからの。まずは、初期のゲルマン社会がどのようなものであったかをざっくりと理解せんと、話を続けられんのじゃよ。

 ゲルマン社会は、氏族(ジッペSippe:共通の始祖からなる男系親族の集団)を単位として構成され、神を先祖とする貴族とその他の自由人不完全な自由人(解放奴隷や征服された部族等は人間の資格を欠き、家の主人の懲戒権に服した。)、奴隷がおった。

 些細な問題については、(レクスrex)又は貴族その他の自由人成年男子全員から構成される民会(ディングDing)で選ばれた複数の首長長老。プリンケプスprinceps)が指導者として決めておった。

 これに対して、開戦・講和、定住地の移動、王位継承の承認又は首長の選出、慣習法の変更などの重要な問題については、民会で決められたんじゃ。

すなわち、新月又は満月の夜を選んで、貴族と自由人成年男子全員が武装して座り、指導者たちが予め討議した重要問題について提案がなされ、もしその提案が気に入らなかったら喧(やかま)しく喚(わめ)いて一蹴し、もし気に入ったら槍で盾を叩くという全員一致制が採られていたんじゃ。

 この民会における同意の原理全員一致制がのちの身分制議会へと繋がるんじゃよ。

生徒 話の腰を折るようで恐縮ですが、なぜ新月又は満月の夜なのですか?

老先生 タキトゥスの『ゲルマニア』によると、ゲルマン人は、新月又は満月を出発点にするのが幸先が良いと考えておったらしい。ゲルマン人は、月の満ち欠けに基づく太陰暦を採用しておったが、ローマ人は太陽暦を採用しておったもんじゃから、タキトゥスには珍しかったのかもしれん。

 日本人も太陰暦を採用し、日没が1日の始まりだと考えておったから、今でも大事な神事は日没後に行われておる。

生徒 へぇ〜、そうだったんですね。

老先生 うむ。話を戻すと、些細な問題はもちろんのこと、重要な問題に関する提案ついても、指導者(王又は複数の首長)が決めるのであって、民会はこれに賛否を示すだけだったことからも明らかなように、指導者の権威・権力が強かったんじゃ。

 この指導者の力の源泉は、従者従士)じゃ。武勇に優れた大勢の若者たちを従えていることが、平時における名誉であり、戦時における後盾じゃったから、指導者たちは、誰が最も多く勇敢な従者を持つかを競い合い、従者たちもまた指導者から誰が首位に置かれるかを巡って競い合うんじゃ。勇敢な従者を多く従えている指導者の名声は、他の部族にも響き渡り、大抵の場合、部族間の戦争は、この指導者の威名だけで終わらすことができたそうじゃ。

 大事なポイントは、従者の忠誠の対象が指導者個人だったことじゃ。タキトゥスは「指導者を危険から庇い守ることが、また自分の勇敢な行動を彼の光栄に帰すことが、忠誠の誓いの本質である。指導者は勝利のために戦い従者は指導者のために戦う。」と述べておる(タキトゥス著・國原吉之助訳『ゲルマニア アグリコラ』(ちくま学芸文庫)43頁)。中世騎士道の萌芽が見られるの。この指導者と従者の主従契約がのちの封建契約に発展するわけじゃ。

生徒 この指導者と従者って、普段は何をしていたんですか?

老先生 常日頃から武装しておるんじゃが、戦時以外は、指導者の家で食っちゃ〜寝て、たまに狩猟をして無為に過ごしておったそうじゃ。家事や畑仕事等は、女や老人、奴隷などに任せて、いい気なもんじゃな。そして、従者は、それぞれ指導者に収穫物や家畜を献上しておったそうじゃ。

生徒 ごろつきと変わりがありませんね。苦笑

老先生 まったくじゃ。笑

 生まれた部族内が平和じゃと退屈なので、身分の高い若者たちは戦さを求めて冒険の旅に出るんじゃ。若者にとっては名を挙げるチャンスであるし、指導者にとっても饗宴を開いて大勢の従者にご馳走するためには戦利品が必要じゃから、旅をしている他の部族の若者を喜んで味方に受け入れるわけじゃな。タキトゥスによれば、「血で獲得できるものを汗水たらして手に入れることは、卑怯であり怠惰ですらある」と考えられていたそうじゃから、かなり好戦的な民族じゃの(前掲『ゲルマニア アグリコラ』44頁)。

生徒 ドラゴンクエストなどのRPGゲームのモデルは、ゲルマン人の若者だったのですね!

老先生 そういうことになるの。笑

 さて、裁判の話へと進むとしよう。生命・身体・財産・名誉が傷つけられた場合には、被害者は加害者に対して復讐してよいとされており、被害者の属する氏族はこれを助けなければならないんじゃ。個人に対する攻撃は、その氏族に対する攻撃であると考えられたので、被害者が死亡した場合には、被害者の属する氏族が代わりに加害者に対して復讐することが認められておった。

 すなわち、現行犯の場合には、被害者は、叫び声を上げて、近隣の氏族が剣を持って駆けつけ、加害者を殺して、民会で、正当防衛であることを被害者が仲間とともに宣誓すると、加害者の属する氏族は報復することができなくなるわけじゃ。

 ところが、このような現行犯の場合と異なり、犯行が一夜明けて発覚した場合には、被害者の属する氏族と、加害者の属する氏族は自動的に敵対関係になり、氏族の名誉を守るために私闘私戦・自力救済。フェーデFehde:原意は敵対)が行われたんじゃ。要するに、やられたらやり返す氏族間の復讐じゃな。

 ちなみに、この私闘は中世末まで行われており、シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」もこの流れを汲んでおる。

 これに対して、裏切者、夜間の殺人犯、放火犯、強姦犯など氏族の平和を乱した者は、平和喪失者として氏族から追放(アハトAcht:原意は迫害・威嚇)されたんじゃ。追放された人は、離婚させられ、親子関係も断たれ、すべての権利を奪われてたった一人で森へ逃げ込んで浮浪者となるんじゃ。社会からは人間狼人狼。ヴァラヴォルフWerwolf)とみなされ、賎民の起源だと言われておる。

生徒 人狼って、まさか昔のホラー映画によく出てくる、昼間は人だけど、夜になると狼に変身し、人間や家畜を襲う、あの狼男ですか?

老先生 そうじゃよ。狼に変身するというのは伝説じゃがな。ゲルマン人は、農耕・牧畜で生活しておったから、大切な家畜を襲う狼が怖かったのじゃろう。

 我が国は、農耕主体じゃから、害獣を駆逐してくれる狼を「おおかみ(大神)」と呼んで崇めておったのと対照的じゃの。

生徒 へぇ〜。

老先生 この人狼は、氏族から追放されるだけではなかったんじゃ。人狼を森で見つけたときには殺してよかったし、むしろ殺すべき迫害すべき対象で、みんなで人狼を追いかけ回して殺しておったそうじゃ。

生徒 恐ろしい!

老先生 そうじゃの。

 想像力を逞しくせねば理解できんのじゃが、当時は自分を守ってくれる軍隊も警察も消防も病院もなく、粗末な家ひとつ建てるにしても木を切り倒すことから始めなければならず、氏族みんなの協力なくしては生きていけなかったので、親戚がやられたらやり返すし、氏族の平和を乱したら追放して迫害するわけじゃ。運命共同体である氏族からの追放は死を意味するので、人狼が生きるためには人や家畜を襲うしかなかったのじゃろうな〜。

生徒 なるほど。これに比べたら、江戸時代に我が国で行われていた「村八分」は、冠・婚・葬・建築・火事・病気・水害・旅行・出産・年忌の十分のうち、村の掟に違反した者の家とは火事及び葬式を除く八分の交際を絶って、仲間外れにするだけなので、まだ優しいものだったのですね。

老先生 まあ、一応そう言えるの。火事と葬式の二分だけ交際したのは、火災も死(伝染病死・たたり)も村全体に大きな悪影響があったからじゃが。

 話を戻すと、その後、血で血を洗う私闘は社会秩序を乱し、社会の結束を弱めることから、これを少なくするために、民会において刑事裁判(裁判集会)が行われるようになり、刑罰が誕生したわけじゃ。

 タキトゥスによれば、「裏切者や逃亡者は木に吊るし首をしめる。臆病者や卑怯者および姦淫者は、頭から簀(す)をかぶせ泥沼の中におし沈める。処罰に見られるこのような相違は、反逆罪は罰せられるとき人目にさらされるべきであり、破廉恥な行為は、隠されるべきであるという、彼らの見解にもとづくのである。

 のみならずより軽い罪に対しては、それらにふさわしい罰がある。これらの罪を犯したものには、罰として一定数の馬や家畜が課される。こうした科料の一部は、王かまたは共同体かに納められ、一部は、復讐してもらった人自身か、あるいはその近親者に支払われる。」(前掲『ゲルマニア アグリコラ』40頁)

生徒 この裁判集会は、どのように行われたのですか?

老先生 裁判集会の主要メンバーは、司会進行役の裁判長、判決案を作る判決発見人及び原告・被告から構成されておった。裁判集会の手続は、時代や地域による細かい違いを捨象すれば、おおよそ次のような感じじゃた。

 ①被害者又はその友人が原告となって、加害者を被告として裁判集会に召喚する。召喚を拒否すれば、加害者は平和喪失者として追放されるわけじゃ。

 ②被告が出頭すると、原告が被告を非難するんじゃが、これが現在の刑事訴追に当たる。この時点で原告が被告に決闘を申し込み、被告がこれに応じると、決闘で白黒を決着つけることになる。ゲルマンの神々は、正しき者に力を与え給うで、決闘に勝った方が正しいとされたんじゃ。まさに「力は正義なり」じゃの。被告が決闘を拒否すれば、被告が敗訴することになり、⑤に移行する。

 ちなみに、この決闘は、形を変えながらイングランドでは19世紀まで続いたんじゃ。

 ③原告が決闘を申し込まなかった場合には、被告は原告の主張を認めるか否定するかの二者択一を迫られる。否定した場合(つまり、無罪を主張した場合)には、被告の主張が正しいことを雪冤宣誓(せつえんせんせい)によって証明せねばならんのじゃよ。「雪冤」という言葉はあまり聞きなれないじゃろうが、雪はすすぐ、冤は濡れ衣で、身の潔白(無罪)を明らかにすることを意味するんじゃ。

 雪冤宣誓というのは、親戚や仲間(宣誓補助者。宣誓補助者の人数は、3名、7名、12名等、犯罪の性質や宣誓補助者の信頼度等によって異なったそうじゃ。)が被告は嘘を言うような者ではない、正直者なんだとゲルマンの神々に誓うことであって、決して証人ではない。宣誓は自己呪詛(じゅそ)であって、誓に反した場合には、呪力の復讐を受けると考えられておった。

 雪冤宣誓には一定の決まり文句があって、裁判集会に集まったみんなの前で緊張しながらもそれをよどみなく言えたら被告の主張が正しいということで無罪になる(実際には、このパターンが多かったらしい。)が、上手く言えなかった場合やそもそも雪冤宣誓が認められない場合(奴隷や外国人の場合には身元を保証してくれる人がいないし、たとえ身分が高くても姦通罪のように嘘をつくことが問題となっている場合には雪冤宣誓が認められなかったんじゃよ。)には、神明裁判神判)になる。

 ④熱湯神判(お湯の中に指輪又は石を入れて、被告が素手でこれを取り出し、手に包帯をして、3日後に包帯を取って火傷していなければ無罪、火傷をしていれば有罪。)、熱鉄神判(熱した鉄を握って3歩歩いて火傷しなければ無罪、火傷すれば有罪。)、冷水神判(手足を縛って水中に放り込み、水は清らかな者を受け入れるので、沈めば無罪、浮かべば有罪。沈んだ場合には、腰縄を引っ張って助けた。)など、要するに、ゲルマンの神々にお伺いを立てたわけじゃな。

 ちなみに、この神判は、1215年の第4ラテラノ公会議で禁止されるまで続いたんじゃよ。

 我が国でも、武内宿禰(たけのうちのすくね)が弟の讒言(ざんげん)によって殺されそうになった際に、無罪を主張したので、応神9年(278年)、応神天皇がこの二人に盟神探湯(くかたち又はくがたち)をさせたことが日本書紀に書かれておるの。盟神探湯というのは、釜で沸かせたお湯に手を入れて、火傷しなければ無罪、火傷したら有罪になるそうじゃ。

生徒 へぇ〜洋の東西を問わず、人間は似たようなことを考えるものですね〜。でも、神判ってもの凄く残酷じゃないですか?

老先生 確かに、残酷じゃな。しかし、かなり後代の話じゃが、例えば、キリスト教時代の13世紀ハンガリーの記録によれば、神判に進んだ308件の訴訟のうち、100件は打ち切られたそうじゃ。被告としては、酷い火傷をして犯罪者の刻印をその身にしるし、一生罪人として蔑みを受けながら過ごすよりも、素直に罪を認めて原告と和解する途を選んだのじゃろう。残り208件では、司祭に呼び出され、民衆が遠目で見守る中、祭壇に上がって焼けた鉄棒を握ったそうじゃが、火傷をしたのはなんとわずか78人だけで、130人は火傷をしなかったというんじゃな。無実かつ信心深い被告であれば、神を信じて従容として鉄棒を握ろうとしたじゃろうから、そばにいる司祭には無罪であることが分かったはずなので、鉄棒をすり替えたのかも知れぬの。神の奇跡を演出することによって、キリスト教への帰依を強める効果もあったじゃろう。まあ、勝手な想像じゃがな。苦笑

 話を戻すとじゃな、⑤雪冤宣誓・神判の結果を踏まえて、判決発見人が判決案を提案する。⑥裁判集会に集まった人々が判決案に賛同すれば、判決が確定する。別の判決を用意すれば、判決案を非難することが可能だったそうじゃが、それは判決発見人の名誉を傷付けるので、容易にはできなかったらしい。

 そして、判決に不服があっても、上訴は認められなかったし、また、判決の執行を行う執行官がなかったので、判決の執行は勝訴した者の実力次第だったそうじゃ。

生徒 へぇ〜裁判集会は、宗教と密接不可分の関係に立っていたんですね。



 


 

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