老先生 ところで、西洋から日本へ移入された民事訴訟では、まず、弁論準備手続や争点整理手続が行われ、次に、弁論・事実認定が行われ、裁判官の自由心証により判決が下されるという二段階の仕組みが採られておるが、このように裁判を効率よく行うための二段階の仕組みは、いつ頃生まれたと思うかの?
生徒 近代になってからでしょうか?
老先生 そう思うじゃろ。笑
実は、2000年ほど前のローマ法で確立されていたんじゃよ♪ 裁判官だけでなく、弁護士という職業もすでにあったんじゃ。
生徒 え〜ッ?!
老先生 そちが「西洋では昔から今のような裁判所があったんですか?」と質問した時に、「西洋」にいつのどの地域まで含めるかにもよるが、少なくともゲルマン社会には、もともと裁判制度がなかったと限定的に答えたのは、こういう理由じゃ。
生徒 だから先生は言葉を濁しておられたのですね♪
老先生 うむ。紀元前1世紀〜紀元後3世紀にかけて確立されたローマ法は、現代法と遜色がないほど高度に精緻化された法だったんじゃ。
このローマ法は、ゲルマン民族の大移動による影響が比較的少なかった東ローマ帝国でさらに発展を遂げたんじゃが(ユスティニアヌス法典)、「ユスティニアヌスのペスト」(542年〜543年に流行した腺ペストで、ユスティニアヌス帝自身も感染したことから、この名称で呼ばれている。首都だけで1日に1万人が死亡して、壊滅的打撃を受けた。そのため、東ローマ帝国による統一ローマの再建は不可能になった。)を主因とする東ローマ帝国の滅亡とオスマン帝国による征服によって東欧ではほぼ失われてしまったんじゃ。
これに対して、ゲルマン民族の大移動により西欧では、ローマ法はほぼ失われ、ゲルマン法が支配したが(もちろんローマ法はゲルマン法に影響を与えておるがの。)、1070年、イタリアでローマ法が再発見されて、神聖ローマ帝国が我が祖国の法であるとしてこれを積極的に受容するなど、近代法に多大な影響を与えることになるんじゃよ。
それはまた別の機会に話すとして、前述したように、キリスト教会といういわば治外法権の別の国ができた以上、聖職者と膨大な信徒を統制し、帝国内に点在する教会と教会領(教会も大領主だったんじゃ。)を管理し、紛争を処理するためには、法制度が必要不可欠じゃ。文明・文化は、水の如く、高いところから低いところへと流れるもの。キリスト教会は、ローマ法をお手本にして、教義と矛盾しないように必要な修正を加えて教会法が形成されていくんじゃよ。教会法は、ローマ法を保存する役割を果たし、ゲルマン法に影響を与えたんじゃ。
公会議の決議や教皇の書簡等をまとめたグラティアヌス教令集(1140年頃)、カノン法大全(12世紀から15世紀にまとめられ、1918年まで効力があった。)が有名じゃの。
生徒 1918年まで? 教会法って、現在もあるんですか?
老先生 もちろんじゃ。教皇庁立グレゴリアン大学(ローマ)教会法学部長菅原裕二教授によると、①カトリック教会全体に関わる法律は「普遍法」と呼ばれ、これを制定するのは教皇で、使徒座(聖座)の公報誌である「使徒座官報」に掲載することによって公布されるそうじゃ。通常、教会法というのは、この普遍法を指すそうじゃの。
普遍法には、ラテン教会を対象とした法典(1983年公布)と東方カトリック教会を対象とした法典(1990年公布)の二つがあり、我が国のカトリック信者の多くがラテン教会に所属しておるそうで、1983年公布の普遍法の翻訳は、『カトリック新教会法典』(有斐閣)で読むことができる(現在、絶版じゃが、注文があるたびに1冊ずつ印刷するオンデマンドで読むことができる。19800円もするがの。苦笑)。今のところ、その解説本としては、ルイージ・サバレーゼ著・田中昇訳『解説・教会法』(フリープレス)と、菅原裕二著『教会法で知るカトリック・ライフ: Q&A40 (ドン・ボスコ新書)』(ドンボスコ社)の2冊しかない。
広義の教会法には、普遍法の他に、②教皇の選び方(コンクラーベ)、教皇庁の組織等を定めた「特別法」があり、これを制定するのは教皇じゃ。また、③国・地方・教区といった一定の地域にだけ適用される法律を「局地法」といい、その地域を治めている司教協議会や司教が制定するそうじゃ。さらに、④修道会や宣教会の規則を「固有法」と呼び、会の創立者が定めた基本法の中に、誰が固有法を定める立法権を有するかが定められているそうじゃ。⑤ミサや洗礼等の秘跡、葬儀等の準秘跡を執り行うための儀式書にある規則は、「典礼法規」と呼ばれ、教皇が制定するそうじゃ。⑥教皇と国家の間で締結される「政教協約(コンコルダート)」も、広義の教会法に含まれるそうじゃ。
生徒 へぇ〜。ローマ帝国時代から現在まで連綿と続いているなんて、すごいですね!
老先生 そうじゃの。現行の教会法については、上記の本に委ねるとしよう。
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