願望?

 神戸女学院大学名誉教授の内田樹(たつる)氏は、三里塚闘争(成田闘争)に参加した過激派学生だったそうだ。

 現在、内田氏は、立憲民主党の「立憲パートナーズ」だそうだ。

 さて、内田氏によれば、日本が歩むべき選択肢には3つあるそうだ。

 ① 米中いずれかの帝国の辺境の属国として宗主国に「朝貢」して生き延びる道

 ② 日韓同盟

 ③ 9条2項を高く掲げて「東洋のスイス」のような永世中立国になること

 この3つしか選択肢がないというのは、失礼ながら幼稚すぎてクスッと笑ってしまうが、それはともかく、この左翼特有の妄想には、いくつか重大な事実誤認があり、結局、いずれの選択肢も、中国やロシアによる日本侵略を招く結果となる。


1 属国日本?  

 私自身も、自虐的に日本は米国の属国だと言うことはあるが、法的にはそうではないことは明らかだ。


 ポツダム宣言を読めば一目瞭然だが、我が国は、連合軍の占領下にあっても独立国であり続け、サンフランシスコ講和条約により終戦を迎えたのであって、米国の属国だったことは一度もない。「属国」とは、「他国の支配下にあり、独立していない国」をいうからだ(小学館『精選版 日本国語大辞典』)。  


 確かに、米国側から見たら、在日米軍は「瓶のふた」だろうが、核の脅威を背景とする東西冷戦下において、我が国は、日本の独立と自由を守るために、主体的に自らの意志で日米安保条約を締結し、これを維持しているのであって、決して「戦後80年米国の属国として生きてきた」わけではなく、「属国民マインド」なんぞ持っていない。  


 我が国は、共産党一党独裁の全体主義国家によって構成される東側陣営よりも、自由主義国によって構成される西側陣営を主体的に選択したのだ。  

 それ故、日本が中国共産党の一党独裁の支配下に置かれ、独立を失い、自由を抑圧されることに「シリアスな心理的抵抗を感じない」日本人はいない。  

 「シリアスな心理的抵抗を感じない」のは、中国共産党に帰依している左翼だけだ。


2 冊封されていた日本?  

 冊封(さくほう、さっぽう)とは、皇帝が冊書をもって諸侯を封建することだ。すなわち、「皇帝が后妃・諸侯および周辺諸国の王などを冊(勅書)によってたて、爵位、封土を与えたこと」をいう(小学館『精選版 日本国語大辞典』)。  


 確かに、卑弥呼の時代は、文字通りの冊封であって、支那の皇帝に対して臣下の礼を尽くした。  しかし、聖徳太子の時代から、日本と支那はともに天皇(天子)と皇帝(天子)を戴く対等な国であり続けたのであって、一度たりとも天皇が支那の皇帝の臣下になったことはない。  


 支那は、冊封を受けた者でなければ外交・貿易を認めなかったこと、征夷大将軍は、軍事司令官の意味であり、対外的に用いる称号として相応しくなかったことから、明国との貿易を望む足利義満は、「日本国王」という称号を用いて、便宜上冊封を受けたのであって、天皇が冊封を受けたわけではないから、天皇が明国皇帝の臣下であったわけではない。  

 朝廷は、義満が他国から王爵を受けたとして、これを批判している。当時から「シリアスな心理的抵抗」を感じていたのだ。  


 徳川幕府は、明国や清国と国交を結ばなかったから、冊封関係にはない。徳川将軍が朝鮮との関係で「日本国王」ではなく「日本国大君」を外交で用いたのは、徳川将軍が明国や清国の皇帝の臣下ではないことを明示するためだ。  

 支那皇帝の臣下であった朝鮮国王は、豊臣秀吉の朝鮮征伐に恐れをなして、徳川将軍の代替わりのたびに、徳川将軍のご機嫌取りのために、朝鮮通信使を派遣して、徳川将軍に対して事実上の朝貢を行なった。


3 日韓同盟?  

 米軍が韓国から撤収する可能性は高いが、日本から撤収する可能性は低い。いずれにせよ、内田氏が唱える日韓同盟は、米軍が日本と韓国から撤収することを前提とするのだが、これは、米軍の核の傘から外れることを意味する以上、日本と韓国が独自の核武装を備えない限り、中国やロシアによる侵略の餌食になることは、火を見るよりも明らかだ。内田氏の言う日韓同盟は、外患誘致以外の何ものでもない。  


 そもそも「助けず、教えず、関わらず」という非韓三原則を日本の国是とすることはあっても、日本が韓国と同盟を結ぶことはない。韓国とは二度と関わりたくないし、なんのメリットもないからだ。

4 永世中立国?  

 スイスは、国境を険しい山岳地帯に囲まれ、陸軍の侵攻可能な陸路が限られ、鉱物資源等がなく侵略するメリットがないからこそ、永世中立を国是とすることが可能なのだ。  

 四方を海に囲まれた日本は、地理的に永世中立を保つことが極めて困難だ。


 スイスは、永世中立を確保するため、国民皆兵の軍事国家であって、スイス国民は、定期的に軍事訓練を受け、各家庭には武器・食料・医薬品が備蓄されている。  


 内田氏の言う永世中立国は、憲法第9条第2項「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。 国の交戦権は、これを認めない。」を高く掲げる非武装中立論であって、スイスと似て非なるものだ。  

 我が国が非武装中立を実施すれば、中国やロシアが喜び勇んで侵略してくるだろう。内田氏の永世中立国は、外患誘致以外の何ものでもない。


5 願望?

 3つの選択肢を示して、①と②の選択肢を採り得ないとして、③の選択肢を選ばせようと誘導するのは、よくある手口だが、内田氏の3つの選択肢は、いずれもあまりにも非現実的で採り得ないため、この手口が成功していない。


 内田氏は「地政学」という言葉を用いている。戦後、地政学は、禁忌の学問とされ、大学等で教えることが事実上禁止され、「地政学」という言葉すら人口に膾炙することがなくなった。最近、地政学に関する古典等が出版されるようになったとはいえ、大学の正規の科目としては教えられていない状況に変わりはない。左翼にとって不都合だからだ。

 幸い亡父の書架には、地政学の本が2冊あり、小学生の時に読み耽っていたので、多少は知識がある。


 日本列島は、中国やロシアによる太平洋覇権の防波堤の役割を果たしており、内田氏が主張する非武装中立論は、米国の防衛ラインをハワイまで後退させることを意味するので、国家安全保障に危機感を抱いた米国が参戦する可能性がある。この場合、中国やロシアと米国が日本列島争奪戦を行なって、我が国は滅亡する。

 米国が勝利しなかった場合には、生き残った日本人は、「倭人自治区」と呼ばれるゲットーに一時収容されて自由を奪われ、ユーラシア大陸の荒地に強制移住させられ、ネズミの如く、泥水を啜りながら塗炭の苦しみを味わうことになる。




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