法と権利

生徒 先生、ちょっと質問があるのですが、よろしいでしょうか?

老(law)先生 なんじゃね。

生徒 先週の授業で、国民の権利利益の保護を目的とする訴訟を主観訴訟というのに対して、法秩序の維持を目的とする訴訟を客観訴訟といい、主観訴訟は、裁判所の本来の仕事(「法律上の争訟」)だが、客観訴訟は、裁判所本来の仕事ではなく、法律に特に定めがある場合に限って、例外的に裁判所の仕事になるんだ(裁判所法第3条第1項)と教えていただきました。

老先生 うむ。平たく言えば、「代金を払ってくれないんだ!助けて!」・「借金を返してくれないんだ!助けて!」という風に、自分の権利利益が侵害され又は侵害されそうだから「ひどい!助けてくれ!」と訴えるのが主観訴訟で、「市役所が裏金をプールして職員の歓送迎会の費用に充てている。けしからん!法を守れ!」という風に、自分の権利利益が侵害され又は侵害されるおそれがあるわけではないが、行政活動によって法秩序が侵害され又は侵害されそうだから「けしからん!法を守れ!」と訴えるのが客観訴訟じゃな。


 cf.裁判所法(昭和二十二年法律第五十九号)

第三条(裁判所の権限) 裁判所は、日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判しその他法律において特に定める権限を有する

○2 前項の規定は、行政機関が前審として審判することを妨げない。

○3 この法律の規定は、刑事について、別に法律で陪審の制度を設けることを妨げない。


生徒 どうして国民の権利利益の保護が目的の訴訟を「主観」訴訟、法秩序の維持が目的の訴訟を「客観」訴訟と呼ぶのでしょうか?

老先生 この図を見てごらん。英語ではrightとlawという2つの言葉があるが、フランス語やドイツ語では言葉が一つしかないんじゃ。そこで、フランス人やドイツ人は、主観的・客観的という形容詞を付けて権利と法を呼び分けているんじゃな。

 明治時代にフランスやドイツに留学した人がフランス語やドイツ語の文献を直訳したので、主観訴訟・客観訴訟と呼ばれるようになったわけじゃよ。

生徒 なるほど!主観訴訟にいう主観=権利。客観訴訟にいう客観=法。権利を守れ!、法を守れ!という訴訟なのですね。

老先生 そうじゃな。

生徒 では、なぜフランスやドイツでは権利や法を表す言葉が一つしかないのでしょうか?

老先生 古代ローマのローマ法においても、また、ゲルマン民族のゲルマン法においても、法というのは、個人に義務を課すもの、強制するものだったのじゃが、中世のフランスやドイツの王様には絶対的な権力がないので、法秩序を維持するためには貴族や僧侶に妥協して、貴族や僧侶に一定の権利利益を認めざるを得なかったのじゃな。

 そこで、droitやrechtは、王様から見れば法であり、貴族や僧侶から見れば権利という2つの意味を持つようになったわけじゃよ。

生徒 へぇ〜そういうことだったんですね!では、イギリスではどうして2つの言葉に分かれているのですか?

老先生 ゲルマン民族が、イギリスに繰り返し侵入し、先住民であるケルト人を西部のウェールズや北部のアイルランドに追いやり、最終的には、1066年、ゲルマン民族の一派でフランス語を話すノルマン人による征服王朝が成立したのは知っておるな。

生徒 はい、高校生のときに習ったような習わなかったような。笑

老先生 同時期にイタリアでローマ法が再発見され、神聖ローマ帝国(現在のドイツ)は、「我が祖国の法」として積極的にローマ法を受容したんじゃが、ノルマン征服王朝は、ローマ法(Roman Law)はイギリスとは無関係の外国ローマの法であるとして積極的に受容せずに、イギリス土着のゲルマン法であるコモン・ロー(common law)をそのまま踏襲したんじゃな。

コモン・ローというのは、民衆に課された掟(おきて)という意味であり、lawは、「置く」という動詞layから派生した言葉で、制約として置かれたもの・掟という意味じゃ。

 ところが、このノルマン征服王朝というのは、民衆に悪政を敷いたんじゃな。そこで、横暴な王様が一方的に課した掟(law)に対抗して、我々の正しさ(right)を守らねばならないということで、1215年のマグナ・カルタ、1628年の権利請願につながり、lawと対立するrightという考え方が生まれたというわけじゃ。これがイギリスでは2つの言葉に分かれている理由じゃな。

生徒 なるほど、そうだったのですね!

老先生 これは余談じゃが、名誉革命後の1689年の権利章典は、国王といえども侵すべからざる市民の権利を明文化したlawであるとして、lawと対立するrightを克服する形で、権利を保障してくれる法が国を支配するという法の支配(rule of law)が確立したというわけじゃ。

生徒 わかりました!ありがとうございました。