不法占拠

 X(旧Twitter)で、ロックバンド「X JAPAN」のメンバーYOSHIKI氏が「LAでさらに大変なのは、家を長期間空けていると、不法占拠者が勝手に住み着いてしまうことです。実際、所有している物件のいくつかがこのような被害に遭いました。しかも、カリフォルニア州の法律では退去させるのが非常に困難なため、退去を専門とする弁護士を何度も雇いました。」とツイートした。

 このような不法占拠者のことを英語でsquatter「スクォッター」(英)・「スクワッター」(米)という。

 なぜsquatスクワット「しゃがむ」からsquatter「不法占拠者」という言葉が派生したのだろうか、と素朴な疑問が浮かぶ。

 調べてみたら、squatの語源は、ラテン語のexquadrare「直角にする、四角にする」→古フランス語のesquatter「座る」に由来する。

 つまり、我が物顔で他人の家に上がり込み、勝手に椅子に座って退(ど)こうとしないので、不法占拠者という意味になったのだろう。知らんけど。

 日本語の「居座る」と同じイメージだ。


 日本の場合には、不法占拠は、住居侵入罪不退去罪(刑法第130条)や不動産侵奪罪(刑法第235条の2)に該当する。


cf.刑法(明治四十年法律第四十五号)

(住居侵入等) 

第百三十条 正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金に処する。

(不動産侵奪)

 第二百三十五条の二 他人の不動産を侵奪した者は、十年以下の拘禁刑に処する。


 しかし、余程の悪質なケースでない限り、警察は、民事不介入を理由に、動いてくれないから、弁護士さんに相談するのが一番手っ取り早い。


 弁護士さんは、通常、いきなり訴えを起こすのではなく、不法占拠者と交渉する機会を設け、話し合いで明渡を求める。

 交渉がうまくいかない場合の最後の手段として、訴えることになる。


 弁護士さんが執り得る法的手段としては、①所有権に基づく明渡請求(物権的請求権)、②不法行為に基づく損害賠償請求(民法第709条)又は不当利得返還請求(民法第703条・第704条)、の2つだ。

 不法占拠者が第三者に占有(事実上の支配)を移転すると、その第三者にも明渡請求せねばならなくなるので、これを防ぐために、あらかじめ占有移転禁止の仮処分(民事保全法第62条第1項)を裁判所に申し立てる。


 裁判に勝って判決が確定しても、不法占拠を続けている場合には、裁判所の執行官に民事上の強制執行をしてもらうことになる。

 執行官は、執行補助者と呼ばれる業者を引き連れて、鍵が施錠されていれば、これを解錠させ、不法占拠者の荷物があれば、これを搬出させ、保管又は廃棄させる。


 このように弁護士さんに依頼しても、裁判には時間と手間とお金がかかるし、民事上の強制執行にも当然時間と手間とお金がかかる(ケースバイケースだが、数十万円から百万円以上)。


 このように法的手続には、日米に大差はないのだ。

 違いがあるとすれば、YOSHIKI氏が述べているように、米国には不法占拠者が多い点だ。だからこそsquatter専門の弁護士がいるわけだ。

 下記の記事によると、フランスも、米国と同様のようだ。

 日本も、不法滞在者が増加している。他方で、空き家も増加している。その結果、今後、不法滞在者が勝手に空き家に住み着くケースが出てくるかも知れない。


 なんにせよ、時間と手間とお金がかかるとはいえ、通常、不法占拠者を立ち退かせて、土地や建物を取り戻せるのだが、不法占拠者が土地や建物を時効取得した場合には、取り戻せなくなる(民法第162条)。

 取得時効期間は、不法占拠者が当該土地や建物が他人の物であることを知らなかった(善意)場合には、10年(民法第162条第2項)、これを知っていた(悪意)場合には、20年(民法第162条第1項)だ。

 それ故、空き家等の所有者は、不法占拠されていないかどうか見回って、もし不法占拠者を発見した場合には、直ちに弁護士さんに相談する必要がある。

 弁護士さんは、催告による時効の完成猶予(民法第150条第1項)等を行って、上述した所定の法的手続をなさるだろう。


 なお、国や自治体が所有し、直接公の用に供されている不動産について、不法占拠者が時効取得し得るのか。

 最高裁は、長年の間、事実上、公の目的に供用されることなく放置され、公共用財産としての形態、機能をまったく喪失し、その物のうえに他人の平穏かつ公然の占有が継続したが、そのため実際上公の目的が害されるようなこともなく、もはや公共用財産として維持すべき理由がなくなった場合には、黙示的に公用が廃止されたものとして、取得時効の成立を妨げないとした(最判昭 51.12.24)。

 つまり、行政財産(行政活動のために使用する財産)そのものは取得時効の対象とならないが、事情により、黙示の公用廃止(もはや行政活動に使いませんと表示する行政処分)があったものとして、普通財産(単なる資産)に対する取得時効を認めたわけだ。


 不法占拠は、以上のような法的問題にとどまらず、貧困の問題と密接に結びついている。

 先進国であろうと、発展途上国であろうと、貧困層やホームレスが不法占拠者になることが多い。発展途上国でよく見られるslumスラム「貧民街」の多くは、不法占拠だ。

 日本でも、関東大震災(1923年)や空襲の被災者や外地からの引揚者がbarrackバラック「仮設の小屋」を建てたり、Third country national第三国人(戦後日本国内に在留する旧外地(朝鮮半島や台湾など)に帰属する人)が闇市を開いたりしたが、不法占拠のケースが多々あった。


 もっと言えば、不法占拠の問題は、所有とは何か所有を正当化する根拠は何か、という哲学的問題を突き付ける。

 例えば、Wikipedia英語版によれば、英国のアナーキスト作家Colin Wardコリン・ワードは、「不法占拠は、世界最古の土地所有形態であり、私たちはみな不法占拠者の子孫だ。これは、英国女王にも当てはまり、176,000エーカー(710㎢)もの所有者である英国の家主の54%が盗んだ土地の受益者だ。この地球を商品としてみなすことは、自然権の原則に背いている」と主張している( Wates, Nick; Wolmar, Christian (1980). Squatting: the Real Story. London: Bay Leaf Books. ISBN 0-9507259-0-0.)。


 アリストテレス、トマス・アクィナス、グロティウス、ロック、ヘーゲル、マルクスなど、多くの論者がそれぞれ所有論を展開しており、その歴史を辿るだけで一冊の本が書ける分量になる。

 ここで思想史を振り返ることは、私の能力を超えるので、ゲラン・ランツ『所有権論史』(晃洋書房)やアンドリュー・リーヴ『所有論』(晃洋書房)などの専門書に譲る。

 個人的には、時効と相続(世襲)が所有を正当化すると考えている。


 ところで、国家は、未来永劫にわたって永続することが前提になっている。国家の永続性は、財産の継承に基づいている。

 この点、エドマンド・バークは、「国家と法を神聖なものにする第一の原理、そして最も重要な原理のひとつは、国家や法をひとときあるいは終生になう人が、自分こそ国家や法の完全な主だというように行動してはならないということです。自分が祖先からなにを受け継いだか、子孫に何を受け継がせるべきか、考えるのを忘れてはいけません。社会の元来の機構を恣意的に破壊してはいけませんし、限嗣相続財産を削減したり、相続した財産を浪費するのを自分の権利と考えてはいけません。そんなことをしたら後継者に住居ではなく廃墟をあたえることになります。そして祖先の制度を尊重しなかったというお手本を自分たちが示した以上、自分たちが作り出したものも後継者は尊重しないということになるでしょう。」と述べている(『フランス革命についての省察』光文社古典新訳文庫206頁・207頁)。


 バークは、国家と法について述べているが、財産についても同じだ。

 所有権を有するからといって自分こそが完全な主人だから、何をしてもいいというわけでない。所有権は、過去と将来の世代に対する義務とともに享受されるのであって、財産の適切な保管によってその義務が果たされる。

 例えば、自分の所有地だからといって、産業廃棄物を山積みにして地下水を汚染したり、木々を伐採してメガソーラを建設したり、空き家を荒れるがままに放置したり、美しい景観を破壊したりすることは、過去と将来の世代に対する適切な保管義務に違反するのだ。

 このように考えると、明渡請求をするかどうかは、権利者の自由だからといって、不法占拠を放置することは、過去と将来の世代に対する適切な保管義務に違反し、許されないことになる。この意味で、イェーリング『権利のための闘争』(岩波文庫)は、参考になる。


 日本でも、英国の保守主義と同様に、古来より、財産というものは、過去の世代から継承し、これを次の世代へと受け渡すべき大切な預かり物だと考えられてきたし、今でも、神職、宮大工・仏師・庭師などの伝統工芸に従事している人々、農業や林業などに従事している多くの人々は、そのように考え行動している。


 とはいえ、このような保守主義の考え方は、左翼に牛耳られた我が国の法学では歯牙に懸(かけ)られることすらない。

 権利の濫用の法理(民法第1条第3項)が保守主義に似ていると思われるかも知れないが、権利の濫用か否かは、通常、①権利行使の目的の正当性、②権利者が得る利益と相手方が受ける損害のバランス、その他の事情を総合的に考慮して判断されるが、過去と将来の世代に対する義務は一切考慮されないのだ。

 我が国の国土の荒廃は、左翼思想に毒され、過去と将来の世代のことを考えない法学に一因がある。

 

 












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